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「山神さま」(山神神社・湖西市)

 投稿者:PONTA  投稿日:2009年10月29日(木)19時58分54秒
返信・引用
  「山神社」と「山神神社」とありますね。
ここは「山神神社」。

http://www2.wbs.ne.jp/~ponta/jinjya.htm

 

「春日さま」(春日神社・湖西市)

 投稿者:PONTA  投稿日:2009年10月29日(木)19時57分50秒
返信・引用
  春日神社

http://www2.wbs.ne.jp/~ponta/jinjya.htm

 

「はちまんじ〜んじゃ」(八幡神社・湖西市)

 投稿者:PONTA  投稿日:2009年10月29日(木)19時56分37秒
返信・引用
  鶴岡八幡系だと「八」が鳩になっている時がありますね。
「神」の縦線を長く書いたのも時々見かけます。
おちゃめ☆

http://www2.wbs.ne.jp/~ponta/jinjya.htm

 

「うちのお稲荷さま」(稲荷神社・湖西市)

 投稿者:PONTA  投稿日:2009年10月29日(木)19時54分28秒
返信・引用
  ほのぼの

http://www2.wbs.ne.jp/~ponta/jinjya.htm

 

「信仰の道」(笠子神社・湖西市)

 投稿者:PONTA  投稿日:2009年10月29日(木)19時53分20秒
返信・引用
  笠子神社は2社あり、どちらが本来の笠子神社なのでしょうか?

http://www2.wbs.ne.jp/~ponta/indexbungei.htm

 

Re: 「万座高原神社」

 投稿者:神奈備  投稿日:2009年10月29日(木)18時57分2秒
返信・引用
  > No.906[元記事へ]

多美さんへのお返事です。

> 関東では毎日毎日「八ッ場ダム」の映像がテレビで流れています。
>
> 関西ではどうでしょうか?
>

最近は殆ど流れません。
この工事跡をモニュメントにして残せばいい観光資源になりますね。
 

「吾妻川神社」

 投稿者:多美  投稿日:2009年10月28日(水)21時48分30秒
返信・引用
  強酸性の万座川(まんざがわ)の吾妻川合流にある西窪(さいくぼ)発電所敷地内にある

「吾妻川神社(あがつまがわじんじゃ)」

発電所の門の中にあるのでちょっと判りづらいです。

発電所で管理しているようです。社に五三桐と梵字のようなものが見えます。

この発電所が出来るころ、近くの北軽電鉄「嬬恋駅」※付近は、映画館、カフェ、芸者屋な

どで賑わっていたらしい。

万座川沿いから毛無峠を越えて信濃への「毛無道」の基点であった。

※北軽電鉄「嬬恋駅」は既に廃線、嬬恋村芦生田(あしうだ)にありました。

歴史の道「毛無道」

 「ヶ」とされる古語は樹木を表していた。吾妻山と万座山の鞍部を嬬恋から望見すると、寒風が吹き抜けるためか笹原の青さのみ目立ち樹木の繁茂している様子は見られない。いわゆる“毛無し”なのである。古くそこを「毛無峠」と呼び、それを通過する道を「毛無道」と言った。

 毛無峠は、門貝を起点とし仁田沢を経由し、万座川から不動沢に沿って進み、毛無峠を越えて長野県の高井郡地方に通ずる古道であった。その史料としての初出は、14世紀(南北朝時代)にまで遡る。「神道集」によれば「昔ハ毛無通(道)ハ、奥ノ大道」とか、「碓井ノ手向、(毛)無ノニ峯ニ関ヲ居ヘテ」などとあり、毛無峠が関東地方と信越地方を結び道として古くから重要であったことが分かる。

 江戸時代に入っても、毛無峠は上州と信州を結び道の一つとして重要な役割を果たしていた。ところが、寛文2年(1662)大笹に関所が設けられると、幕府は交通政策上、毛無道を通行禁止とした。しかし、この道は時間と経費の節減を図って半ば公然と利用されていたようである。

 このため、幕府は天和2年(1682)堅くこの道の通過を禁止し、その監視を干俣村に命じ違反者には厳罰に望むこととした。しかし、このような厳重な監視下においてもこの道の利便性は捨てきれず、あえてこの道の利用を試みる者もあった。そこで、大笹関所では路上に堀割りや矢切を設置して通行禁止の態度を益々固めた。

 他方、幕府のこうした交通政策も、18世紀以降の商品経済の発展など時代の成り行きには抗しきれず、次第にその通行禁止策も形骸化し、明治元年大笹関所は廃止されるとその利用も自由となった。

 しかし、その後の交通機関の発達と道路網の整備はこの道を次第に衰退させ、昭和期に入ってからは、僅かに小串鉱山への道としてその片鱗を残すのみとなった。

(松島榮治シリーズ『嬬恋村の自然と文化』)より
 

Re: 「万座高原神社」

 投稿者:多美  投稿日:2009年10月28日(水)20時46分30秒
返信・引用
  > No.905[元記事へ]

神奈備さんへのお返事です。

> 紀州の人は「まんだ」と発音します。

処変われば読み変わるですか?

ところで、

関東では毎日毎日「八ッ場ダム」の映像がテレビで流れています。

関西ではどうでしょうか?

写真は、本日の八ッ場ダム「2号橋」です。

すごい!渋滞です。これは「やんば渋滞」であります。

見物客、見学バスで身動き出来ません(ちょっとオーバー)。
 

Re: 「万座高原神社」

 投稿者:神奈備  投稿日:2009年10月28日(水)08時16分18秒
返信・引用
  > No.904[元記事へ]

紀州の人は「まんだ」と発音します。
 

「万座高原神社」

 投稿者:多美  投稿日:2009年10月27日(火)08時22分26秒
返信・引用
  上州名物?

昔・国定忠治 今・八ッ場ダム!!(笑)

吾妻郡を流れる吾妻川は源流に嬬恋村〜長野原町〜東吾妻町〜中之条町〜渋川市で利根川に

合流。

集落はほとんど河岸段丘の上にあります。そして浅間山噴火。

八ッ場ダムの原点といえば、強酸性川の存在だと思います。

これを中和し「使える水」にしよう。

万座川は吾妻川の支流、その上流、昭和46年閉山となった吾妻硫黄鉱山跡にある「万座高原

神社」

地元の「神社役員」によれば現在も例祭をやっているとのことです。

万座有料道路からの鉱山入り口は「立入禁止」のチェーンが張られています。徒歩。

入り口から西を見れば、破風岳(はふだけ)と毛無峠にある小串鉱山(廃坑)索道の鉄塔が

見えます。

ちなみに、

万座川は当然、強酸性、赤茶けた河原は中和前の吾妻川です。

下流の吾妻川合流地点の嬬恋村西窪(さいくぼ)に西窪発電所があります。何故か「吾妻川

神社」というのがあります。

前の河原は「赤茶です」。

つづく
 

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