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Re: 三角錐

 投稿者:はやと  投稿日:2009年 6月22日(月)08時55分30秒
返信・引用
  > No.810[元記事へ]

実はこの「牛が泥をとばす様」ですが
一般的には、牛が見物人に泥(砂)を投げますが

隼人を祭った神社ではと見識者の間では認知されて国分・重久に
鎮座する「止上神社」ですが
ここの場合、見物人の中でも子供らがベブ(牛)をめがけて
砂を投げます。

処変わればで、、、民俗学的にも一考が。。

http://hayato.com/

 

吉備国・名方浜宮の比定地とされている神明神社

 投稿者:神奈備  投稿日:2009年 6月19日(金)09時58分32秒
返信・引用
  吉備国・名方浜宮の比定地とされている神明神社についての現在情報をお送りいたします。
現在、岡山県総社市福井字神明240番地の神明神社を祭っている者ですが、写真掲示板上で総社に合祀されていると表示されておりますが、実際には合祀されておりません。

近所の神社の宮司さんが、御神体の鏡を持って帰られたということで、ご近所のお年寄りが合祀されたと思ってしまった様です。
私の先祖がここに住み着いてから、ずっと祭っていた一族ですが、この土地から70年くらい離れておりました。が、2年前から再びお祭りを始めました。
現在は宗教法人 神明神社として法人登記もしてますし、県庁のほうからも認可されて、ほそぼそと活動を続けております。
また、訂正する機会が御座いましたら、訂正のほうよろしくお願いいたします。

写真掲示板のログを修正しておきました。神奈備。
http://www12.atpages.jp/kamnaviholiday/gazou/h1312.htm
 

でえでえ〜ぽっぽお〜

 投稿者:多美  投稿日:2009年 6月19日(金)05時50分0秒
返信・引用
  デデポポの件

耳を澄まして聴いてみると。

でえでえ〜ぽっぽ、と聴こえます。
 

三角錐

 投稿者:はやと  投稿日:2009年 6月18日(木)08時49分51秒
返信・引用
  ちょっと趣の異なった「三角錐」
田の神祭りの一駒
斎庭(ゆにわ)の中に置きます
ここでは、砂賭けベブの「泥飛ばし」としてこれをベブ(牛)が
見物人に投げつけ無病息災を祈願します。

http://hayato.com/

 

Re: 「浅間神社」

 投稿者:多美  投稿日:2009年 6月12日(金)11時28分35秒
返信・引用
  > No.806[元記事へ]

言蛇さんへのお返事です。

>
> こんばんわ、浅間山に興味おありでしたら一度は「浅間縄文ミュージアム」を覗いておくことをお勧めしておきます。


何しろ、ようやく「浅間神社」は富士山の方にあると知ったような有様です。

機会見て御代田に行ってみます。
 

Re: 難波・住吉の遺跡の盛衰と地図

 投稿者:神奈備  投稿日:2009年 6月12日(金)08時43分32秒
返信・引用
  > No.807[元記事へ]

言蛇さんへのお返事です。

大阪市内では人工の滝した思いつきませんが、大阪府内ですとかっての修験道の修行場は多いようです。
犬鳴山 http://kamnavi.jp/dk/inunaki.htm
生駒山
金剛葛城山系
箕面の滝
など。
 

Re: 難波・住吉の遺跡の盛衰と地図

 投稿者:言蛇  投稿日:2009年 6月12日(金)01時21分31秒
返信・引用
  > No.801[元記事へ]

穂高神社の方は無事に遷宮祭も終わり心機一転、田植えの時期を迎えました。
この季節になりますとやはり男の子のいる家は頼もしいものですね。

写真は安曇野梨園のタンポポと東京上野動物園の河馬。
蒲焼きでも食べれば田植え歌も歌える元気も付くと思い撮影してきたものです。
こちらのhp投稿をながめていても、一向に田植え歌と田圃の匂いがないのでいささか気がかりですがお元気でしょうか?


> 出典は「上町台地の北と南」積山洋氏 『大阪市文化財論集』から。

地図の上に垂水という地名がありますが、いまは水が流れていないそうですね。
今の大阪に水浴びできるような滝はあるのでしょうか?
今は下着の中までちょっと砂だらけ・・・・(汗


******
・・・・穂高神社境内にはには孝養杉という杉が生えています。
この杉に聞こえる位に「杉野は何処ー!杉野は居ずやー!(広瀬武夫中佐)」と復唱していただければ男の子を授かりそうで神奈備さまの神力に期待しています。

「杉野ー!
 杉野は何処ー!杉野は居ずやー!
 杉野ー!杉野雁葉ー!
 杉野は何処ー!杉野は居ずやー!
 杉野ー!杉野雁葉ー!」(さあ、ご一緒に♪)
******

それではまた・・・・

http://www7a.biglobe.ne.jp/~kotohebi/index.htm

 

Re: 「浅間神社」

 投稿者:言蛇  投稿日:2009年 6月11日(木)23時41分11秒
返信・引用
  > No.803[元記事へ]

多美さんへのお返事です。

こんばんわ、浅間山に興味おありでしたら一度は「浅間縄文ミュージアム」を覗いておくことをお勧めしておきます。
子供でも興味もてそうな仕掛けがあって楽しい場所ですよ。

http://w2.avis.ne.jp/~jomon/
 

「参道の鐘楼」

 投稿者:多美  投稿日:2009年 6月 9日(火)22時22分31秒
返信・引用
  二宮神社の参道にある鐘楼が新しくなったらしい。
梵鐘は前橋市重要文化財指定されている。
神楽殿は平成16年改築された模様、同時期に改築された?

 二宮赤城神社(にのみやあかぎじんじゃ)

<通称>二宮神社(にのみやじんじゃ)
379-21 群馬県前橋市二之宮町886
旧上野国 勢多郡    前橋支部 11305
【祭神】大己貴命 多紀理比賣命 多岐津比賣命 市岐嶋毘賣命 天忍穗耳命 天之笠早命 熊野久須毘命 活津日子根命 天津日子根命 和久産巣日命 大物主命 建御名方命 (配祀)級津姫命 (主神)須佐之男命 建御賀豆智命 大地主命 譽田別命 菅原道眞 (配祀)彦狹嶋命 少彦名命 天津日大御神 級津彦命 大山祇命 磐筒男命 磐筒女命 日本武命 級津姫命
【例祭】4月15日 例祭
【まつり】
01 新暦  1月  1日  1日間 歳旦祭
02 新暦  2月 17日  1日間 祈年祭
03 新暦  2月  節分 1日間 節分祭
04 新暦  3月  下午の日 1日間 神衣祭   [神事名]御神事
05 新暦  4月 15日  1日間 例祭
06 新暦  4月  上辰の日 1日間 神衣祭 [通称]御神幸
07 新暦  7月 31日  1日間 夏越祭 [通称]茅の輪くぐり
08 新暦 10月 17日  1日間 神嘗祭 [通称]初穂祭
09 新暦 11月 23日  1日間 新嘗祭
10 新暦 11月  下午の日 1日間 神衣祭   [神事名]御神事
11 新暦 11月  下午の日 式年祭(60年に一度、前回昭和48年) 1日間 神衣祭   [神事名]衣替神事
12 新暦 12月 31日  1日間 大祓式
13 新暦 12月  上辰の日 1日間 神衣祭 [通称]御神幸
14 新暦 12月  冬至 1日間 冬至祭 [通称]星祭
二宮赤城神社

創立年代は不詳。
社伝では人皇十一代垂仁天皇の御宇に創建されたとつたえられていますが、この地は赤城山南面で赤城信仰の上で絶好の地点(西側には荒砥川、東側には粕川が流れていて共に赤城山を水源としている)で、大室の二子古墳をはじめとして多くの古墳が存在し、上野国の名族「上毛野氏」の本拠地と推定されていることは往古より信仰と共に栄えた証であります。
赤城神社に関する文献の初見は「続日本後期」承和六年(八三九)で、上野国無位赤城神に従五位下が奉授された記事があり、以後「三代実録」では四回にわたり赤城神の神位昇授が記され、「上野国交替実録帳」には正一位赤城明神社とあります。
平安後期には全国に「一宮二宮」の格付けがおこなわれはじめましたが、当社は上野国の二宮として(地名にもなり)現在に至っています。
又、次のような伝説も有ります。
あるとき、赤城の神が絹機を織るのに、くだが不足したので思案の末、貫前の神は外国から来て機織が上手であるから、持っているであろうと頼み、借りて織りあげた。
そこでこのような技術をもった神が他国へ移ってはこまるので、赤城神社は一宮であったが、その地位を貫前神社に譲って二宮になったという話です。
つまり貫前の神は帰化人の神であったと見ることができます。
それにひきかえ赤城の神は上野国の土地に以前から住んでいた人々が祭っていた神です。
そして、この頃は少なくとも赤城神社の方が貫前神社よりも広く一般から信仰され、崇敬が厚かったことを物語っています。
以上
(神社本庁データ)
 

「秋葉神社」

 投稿者:多美  投稿日:2009年 6月 7日(日)08時01分55秒
返信・引用
  秋葉神社の由来

 祭神は 火之迦具土大神であり 本宮は天竜川の上流
静岡県春野町秋葉山にある 鎮火 防火の神といわれる
江戸初期に 全国的に講が盛んになり 江戸中期頃(約
三百年前)今の中原に出来たものと考えられる この神
社は 集落の北西に祀られることが多い これは この
地方に北西の風が多いためである 一時生品神社へ移し
祀ったことがあったが 火災が多かったので もとの所
に戻し 祭典は十一月に行っている

  昭和六十一年十一月吉日

     中原ふるさと研究会建之

 中原は いつもあかるし錦なす
 秋葉のみ神 てらしたまへば

 万代と 鎮座ましませり中原の
 火伏の神の  秋葉の御神

           たき

石碑より

祀(ネに巳)

「たき」は、
伏島たき=中原地区に住む、『歌会始』に取り上げられた人らしい。
他の神社にも石碑があります。
 

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