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「四十九(よそく)神社」

 投稿者:TAMI  投稿日:2013年 4月18日(木)11時36分29秒
返信・引用
  四十九と書いて「よそく」と読むらしい、
祭神は豊城入彦命
水の神様として弁財天が祀られているが、神社本庁に登録されていない、仏教ということか、
※境内にある掲示板によれば、
 四十九神社
正一位 四拾九社太郎大明神
これは豊城入彦命のことでしょうか、

http://www.mapion.co.jp/m/36.2874361_139.49639166_8/
 四十九神社(よそくじんじゃ)
栃木県足利市久保田町576
旧下野国 梁田郡    足利支部 09157
【祭神】豐城入彦命
 
 

Re: 古事記学会

 投稿者:琉球松  投稿日:2013年 4月13日(土)11時40分50秒
返信・引用 編集済
  言蛇さんへ
 訃報。。。心中お察し致します。

 神奈備さんが『青草談話室』で遊女を取り上げていますが、『記・紀、万葉集』あたりから蝶の話題が少なくなるとの説が気になるところで、日本本土では神女や遊女による "孵る" の観念が縮退していったのではと推測しています。

 尖閣問題は、ここでは相応しくないと思いますが、まあ色々大変な時代ですよ。
 副知事に琉球史の専門家を抜擢したことで、日米中台に対する良きメッセージとなるよう祈るところです。

 それと飲料水の確保の件ですが。。。お陰様で離島を含め、近年は水不足に陥ることも無くなりました。
 しかし、尖閣諸島近海を漁場とする場合は心配ですね。以前は中国や台湾の漁船との間で融通し合う事があったようです。

写真は、女神アマミキヨが最初に造ったとされる「知念グスク」・沖縄島南部
 

Re: 大阪城大手門見付石

 投稿者:神奈備  投稿日:2013年 4月13日(土)08時40分43秒
返信・引用
  > No.1605[元記事へ]

言蛇さんへのお返事です。

> #青草談話室の「遊女記」、だいぶお酒を飲まれているようですが神奈備さまは、普段どういうお酒を飲まれるのでしょう??

「遊女記」はしらふで書いているつもりですが、時々、酔いが抜けない内にパソコンの前に座ることはあります。焼酎、ワイン、ビールなど。

 

Re: 古事記学会

 投稿者:言蛇  投稿日:2013年 4月12日(金)03時00分11秒
返信・引用
  > No.1603[元記事へ]

琉球松さんへのお返事です。

こんばんわ、訃報が相次いでいて返事が送れ申し訳ありません。
岐阜県にちなんだ蝶といえば真っ先に岐阜蝶が浮かんだんですが、これは県蝶じゃあ
なかったんですね

沖縄では蝶を「母を追う者」「巫女に寄り添う者」と呼ぶのですか・・・・
万葉集・日本書紀・古事記の時代の本土だと、万葉集では言及がなく平安時代の雅楽で
子供や巫女が演じる「胡蝶」という演目で纏められているくらいですね。イメージとし
ては生まれるのを待っている「あの世」の子供の霊の化身みたいな。沖縄に言葉として
よく残っているあたり、古い神格のアメノウズメなら日常的に蝶と会話する素質がある
でしょうね。ただ皇祖神となるアマテラスになると時代が下るにつれ蝶と話すことは少
なくなるでしょうねえ(汗)なにぶん相手は子供なうえ「あの世」の門を開ける以上、
呼んでもいない煩いだけの霊を招いちゃうかもしれないし。それこそ卑弥呼の系譜とし
てのアマテラス(=荒魂としてのアマテラス)が必要なときに蝶と話すくらいかも??

#沖縄に残っている古い人たちの世界観の解説、ありがとうございます。
#とても参考になります。


琉球松さん>日中などの外国人に意図的に見せることで戦う意思のないことを伝えた

尖閣諸島沖ですがつい先日、日本と台湾で周辺海域の漁業協定が締結されました。オバ
マ大統領も米軍の軍事費削減の方針を打ちたてていて将来的に沖縄本島の価値は下がっ
ていくとおもいます、よかったですね。
ところで、沖縄周辺では飲料水の確保は大丈夫なんでしょうか?

#写真は自分が撮影したオオゴマダラ。Pentax K200d,シグマの105mmマクロレンズで撮影。

http://www7a.biglobe.ne.jp/~kotohebi/

 

大阪城大手門見付石

 投稿者:言蛇  投稿日:2013年 4月12日(金)01時04分52秒
返信・引用
  「これやこの 行くも帰るも別れては
   知るも知らぬも 逢坂の関(小倉百人一首 10番:蝉丸)」

神奈備さまこんばんわ、大阪城大手門の岩戸をお持ちしました。
私が加藤清正殿と思っていたのは息子の加藤忠広殿でしたね。
いまの大阪城は徳川家普請の城だということを忘れていました(汗

名古屋城の清正石と勘違いしたかな?とおもってアルバムを確認したら
名古屋の清正石も実は清正本人が運んだわけではないという看板書きで、
昔の人の風説にすっかり飲み込まれていました、申し訳ありません。

写真の大手門、加藤忠広殿が運んだのが門両脇の大きい岩で、正面に見え
る「蛸石」は岡山の池田忠雄殿が運び込んでいます。

#青草談話室の「遊女記」、だいぶお酒を飲まれているようですが神奈備さまは、
#普段どういうお酒を飲まれるのでしょう??

http://www7a.biglobe.ne.jp/~kotohebi/

 

今年の桜

 投稿者:神奈備  投稿日:2013年 4月 9日(火)21時51分38秒
返信・引用
  4月9日 琵琶湖 海津大崎

4月5日 大阪城

4月1日 大川端
 

Re: 古事記学会

 投稿者:琉球松  投稿日:2013年 3月26日(火)22時48分36秒
返信・引用 編集済
  言蛇さんへ

 クジャクチョウですか、美しい蝶、岐阜県の県蝶でしたかね。
 本土方言では、蝶を「チョウ・テフ」と呼びますが、これは朝鮮語か中国語が語源のようですね。
 琉球方言では、『古事記』の時代のまんまで「ハベル・ハーベルー・ハブラ・ハピル」などと呼んでいます。「ハベル」は同時に神女をも表すとの説がありますね。
 沖縄島中部では、「オオゴマダラ」などマダラチョウ科の蝶を通称「アンマーウーヤー(母を追うも者)」と呼び、この科の蝶の食草の分布と聖地が重なることから、「巫女に寄り添う者」のような意味になります。

 古代では、蝶と鳥は同義だったでしょうから、アメノウズメやアマテラスも蝶の素質を持っていたと考えますがどうでしょうか?

 ところで。。。、"琉球の刀が錆だらけ" なのは、もちろん塩害による酸化作用ではあるんですが、日中などの外国人に意図的に見せることで、戦う意思のないことを伝えた、まあプロパガンダでしょうね。

画像は、聖地で巫女に寄り添うとされる「オオゴマダラ」・Wikipedia より
 

Re: 穂高神社の清姫

 投稿者:言蛇  投稿日:2013年 3月26日(火)21時37分7秒
返信・引用
  > No.1596[元記事へ]

こんばんわ、神奈備さまへのお返事です。

神奈備さま>エスカレーターの左右については、凄い調査記録があります。
たしかにすごい調査記録ですね。ただその「社団法人日本エレベータ協会」、サーバー自
体が思いっきり怪しいのも事実です。エレベーターとエスカレーターでは管轄が違うので
は?????

神奈備さま> お雛様の並び方では、京都・大阪では男が右、女が左 ですが、東京では逆
神奈備さま>になっています。

この違いはやっぱり雛壇が町人に普及した徳川時代に醸成されたものでしょうね。
写真は秩父神社の神楽舞「天の岩戸」における田力男命です。徳川時代は記録がよく残っ
ているので、岩戸は軽いです。

#後日、加藤清正が運んだ大阪城の石垣の岩をお持ちします。


http://www7a.biglobe.ne.jp/~kotohebi/

 

Re: 古事記学会

 投稿者:言蛇  投稿日:2013年 3月26日(火)21時18分54秒
返信・引用
  > No.1599[元記事へ]

神奈備さま、こんばんわ。

役小角が開山したといわれる木曽御岳山のクジャクチョウです。
TAMIさんが差し入れたコマクサですが蝶に変身すれば、毒を食べることなく
蜜を採取できます、どうぞ。

http://www7a.biglobe.ne.jp/~kotohebi/

 

Re: 沖縄のキリスト教会

 投稿者:言蛇  投稿日:2013年 3月26日(火)20時44分15秒
返信・引用
  > No.1598[元記事へ]

琉球松さんへのお返事です。

> 言蛇さん、コメントに気がつかずにいました。

いえいえ、なにぶん忙しい身なので一ヶ月くらい間が空くくらいで丁度いいくらいです。
刀剣については「ああ、やっぱり島だと錆びちゃうのか・・・」という実感を裏打ちされ
ました、ありがとう。
沖縄ですと「砂糖を精製販売して鉄製品を購入する」のが自然経済的流れと思いますが
肝心の農業基盤が基地に取り込まれている今は、「アメリカにおける日本の発言権」を
あげていくしかないでしょう。ちなみに「ヤスクニ通信」関係の キリスト者は私の目か
ら見て「世間には関心をもてない」系の信仰者なので、いじめないよう願います。

琉球松さん>中国脅威論どころではないって感じですかね。
尖閣諸島問題に関しては、自衛隊の備蓄する弾薬がきちんと作動するのなら通常戦争に
おいて一海戦目はアメリカの助けがなくても現状の自衛隊でも勝てます。ただし、その
後に中国が核の矢を日本にむけたらどうするのですか?
 アメリカ海軍の強襲揚陸艦隊は、沖縄と上海の等距離にあたる佐世保・長崎へ移動さ
せて沖縄の比重を徐々に下げています。

◎キリスト教会は聖書に手をおき教会のミサに出席する人は人間扱いされます。獏言さ
◎んの本を読む限り中国大陸においては官僚・軍にコネのない人は動物扱いで清朝とあ
◎まり変わっていないような?


写真は今週日曜に開放された横須賀米海軍基地の桜まつりの一コマ。
#銀河連邦議会における日本文化の発言権をあげるには?

http://www7a.biglobe.ne.jp/~kotohebi/

 

Re: 古事記学会

 投稿者:言蛇  投稿日:2013年 3月26日(火)19時19分14秒
返信・引用
  > No.1487[元記事へ]

TAMIさんへのお返事です。

「梅の花 枝にか散ると 見るまでに
   風に乱れて 雪ぞ降り来る(万葉集1647・忌部黒麻呂)」

TAMIさん、おくればせながら明けましておめでとうございます。
「毒入り」は勘弁ですが、神奈備さまを本年もよろしく願います。

「大化の改新」の件ですが、蘇我入鹿を打った中大上皇子自身は蘇我の血を
引いていますからこれはある意味、蘇我家の家風に基づいた権力交代だった
のかもしれません。
 もし蘇我入鹿が権力を握り続けた場合、蚊帳の外におかれる大海人皇子が
「壬申の乱」をおこしてあまり歴史は変わらないようにも思うのですがどう
でしょう?

ところで、TAMIさんは舞台劇の能は観劇されますか?
小田原は今、梅が盛りですが能の一幕に「曽我兄弟の仇討ち」というものが
あります。TAMIさんは蘇我の血を引いていないので仇討ち権はないとい
えますが、なにか憂さがあるのでしたら何かの機会に「曽我兄弟の仇討ち」
を見てみてください。

写真は差し入れの茸です。毒は入っていませんよ。

http://www7a.biglobe.ne.jp/~kotohebi/

 

Re: 沖縄のキリスト教会

 投稿者:琉球松  投稿日:2013年 3月25日(月)13時16分52秒
返信・引用 編集済
  言蛇さん、コメントに気がつかずにいました。

 鉄の件ですが、琉球への導入はけっこう遅く、16世紀あたりとされていますから、その頃には溶鉱炉が稼働していたと推測できます。

 『蘇る海上の道・日本と琉球/谷川健一(文藝春秋)2007 』より
*** 16世紀半ば頃まで琉球の社会が鉄器類を喉から手が出るほど欲しがっていたことがわかる。察度(サット)が日本の商船の積んできた鉄を買い占めたということは、彼の政治的な地位を決定することになったと思われる。当時は今の牧港(浦添市)よりは謝名(宜野湾市)のほうに、もっと港が入りこんでいたのではないかという話を聞くが、島袋源七の『山原の土俗』にも、察度王は日本の船を牧港から、謝名までのぼらせ、その船を大石につないで日本商人から鉄を全部買いとると、直ちに奥間鍛冶屋をまねいて、鉄の農具を作らせたという話が記されている。***

 。。。琉球文化圏では、金属製武器による政権掌握よりも農具を普及させたリーダーが徳を得ることになっています。"琉球の武器庫の刀は錆だらけだった" との報告を中国の特派員が記していますね。

 その "琉球本島" のド真ん中に、皮肉にも嘉手納空軍や普天間海兵隊が居座っています。終戦直後の混乱時にはアメリカにとても世話になった事実は忘れてはいけないのですが、あまりのも被害が多すぎて、また自立経済の障害にもなっていて、ちょっともう限界で、中国脅威論どころではないって感じですかね。

 普天間に駐留したオスプレイなどを、キリスト教で言う「サタン」や「ドラゴン」、あるいは中国の金属製荒神「蚩尤(しゆう)」に例えることもできそうです。

写真は、竜宮神を祀る宜野湾市内の拝所・ほぼ夏至の日の入り方向を向く
 

秩父神社の神楽舞「天鈿女命」

 投稿者:言蛇  投稿日:2013年 3月22日(金)02時26分55秒
返信・引用 編集済
  「岩戸割る 手力もがも 手弱き女
        にしあれば すベの知らなく(万葉集卷0419・手持女王)」

神奈備さま、こんばんは、お返事ありがとうございます。
『傀儡子記』のほうは興味深く読ませていただきました、締めに使われた
藤原雅経の「あおはかの宿歌」ですが和歌の使い方を飲み込まれたようで
さすがに飲み込みが早いと感心しましたよ。

ただ、吾妻に下ってこられるのは思い留まっていただけると助かります。
神奈備さまが大阪を離れてしまうと大阪で在野監督できる人がいなくなるうえ、
「Lara機関」の実態がどの程度の規模か私もまだ把握できていないので、神奈
備さまの安全を私では保障できないのです(謝

さて、その「Lara機関」の活動ですが、近年では3つほどあります。
一つはTBSテレビドラマ「大奥」。この舞台における赤面疱瘡を共産主義、
京都から江戸へ下向した万里小路有功殿を、Lara物資を携えて来日したキリ
スト教修道女と捉えれば、日本の戦後史の裏面を浮き彫りにできる興味深い
作品です。私自身としては、編集を加えることなくアメリカの映画館で上映し
て欲しいくらいです。

もうひとつはNHKドラマの「シングルマザーズ」。
私の故郷の横須賀を舞台にした母子家庭ドラマで男性側からは気づきにくい提
言があるので視聴していたのですが、日本人男性をひたすら悪く描いて逆にア
メリカ白人男性を引き込もうとするあたり、日本人としてはいい気分になれな
かったですね。

最後のひとつは「トゥームレイダー」というゲームの主人公、ララ・クロフト(Lara Croft)です。
映画にもなっている作品なのですが、彼女、はっきりいえば「墓荒らしを生業
とする女性」としてアメリカ本国でも鬼子扱いされているらしいのが伺えて、
痛ましい気持ちになってきます。

ドラマ「大奥」で語られていることが事実としたら、現在の「Lara機関」は
キリスト教会と繋がりのない聖母信仰団体として「アメリカの利益の為」に
活動していると考えられます。彼女たちの扱いについては神奈備さま、くれ
ぐれもお気をつけください。

写真は秩父神社の神楽舞での「天鈿女命」です。なぜか彼女には「喉仏」があ
るのですがこれが関東でのしきたりなのでしょう。この神楽舞ではストリップ
のようなことはしないので、あしからず。この写真をもって春分の舞は徳川家
に奉納したことにしましょう。


http://www7a.biglobe.ne.jp/~kotohebi/

 

Re: 穂高神社の清姫

 投稿者:神奈備  投稿日:2013年 3月21日(木)08時58分27秒
返信・引用
  > No.1595[元記事へ]

言蛇さんへのお返事です。

面白いお話ありがとうございます。

お雛様の並び方では、京都・大阪では男が右、女が左 ですが、東京では逆になっています。

エスカレーターの左右については、凄い調査記録があります。
http://www.umasugi.com/~h070017/docs/escalator/
正しくは歩かない走らないこと、
ランダムにのること、
のようですね。
 

穂高神社の清姫

 投稿者:言蛇  投稿日:2013年 3月21日(木)03時42分15秒
返信・引用
  「飛ぶ鳥の 明日香の川の 上つ瀬に 生ふる玉藻は 下つ瀬に
 流れ触らばふ 玉藻なす か寄りかく寄り 靡かひし
 夫(つま)の命の たたなづく 柔肌すらを 剣大刀 身に添へ寝ねば
 ぬばたま玉の 夜床も荒るらむ そこ故に 慰めかねて けだしくも
 逢ふやと思ひて 玉垂の 越智の大野の 朝露に 玉裳は湿づち 夕霧に
 衣は濡れて 草枕 旅寝かもする 逢はぬ君ゆゑ
                                     (万葉集0194/柿本人麻呂)」

神奈備さま、こんばんわ。
今年が巳年だからなのか、穂高神社には清姫が来てしまいました(苦笑
私が希望していたのは歌舞伎を基にした平景清の穂高人形のはずだった
のですが「清」違いで清姫なんでしょうね。
#まさに落語の景清「いや、眼が違った」


写真下の蛇行剣は①が宮崎県都城市下水流町築地にて出土、
②が宮城県小林市野尻町三ヶ野山字大萩にて出土したものです。
①の蛇行剣は長野で出土した蛇行剣より工作精度が高いみたいです。
この時代の日本の蛇行剣は「流れる川」をイメージして作られたものと
考えているのですが、太刀や刀とは別に発展を続けるのならフランベル
ジュのように炎の象徴も兼ねる祭器に発展したでしょうか?


#万葉集では「夫」と書いて「つま」と読むケースがありますね

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%99%E3%83%AB%E3%82%B8%E3%82%A7

 

葉山の三ヶ岡製塩遺跡

 投稿者:言蛇  投稿日:2013年 3月21日(木)01時37分16秒
返信・引用
  「志賀の海人の 塩焼く煙 風をいたみ
   立ちは上らず 山にたなびく(万葉集1246)」

正月明け、神奈川県立近代美術館・葉山館にでかけてきたのですがこの場所には
平安時代の製塩炉が二つあったとのことです。

美術館の敷地内に妙な丸いオブジェがあるんですが、ひょっとして「玉釼」を
イメージしたもの??

美術館の所在地は〒240-0111・神奈川県三浦郡葉山町一色2208-1
 

Re: 緑とゆとり

 投稿者:言蛇  投稿日:2013年 3月21日(木)00時02分19秒
返信・引用
  > No.1564[元記事へ]

神奈備さんへのお返事です。

>  1月20日の日曜日、靭公園の南側の木々の枝で、道の上に来ているのを切っていました。
>橋本市長さん、しっかり無駄を排除して下さいね。

作業員のような人なのに「見てるだけー」みたいなひとが3人もいますね。
正直、清掃車に2名、高所作業車に伐採者2名と補助2名の6人もいれば
十分なように思えます。


ところで大阪観光のときに気がついたんですが、
「大阪ではエスカレーターで右に人が整列する習慣」なんですね。
関東ですとエスカレーターは左に人が整列する習慣ですけど、この違いは
なにがきっかけなんでしょうか???

写真は大阪地下鉄のエスカレーター写真です。
 

沖縄のキリスト教会

 投稿者:言蛇  投稿日:2013年 3月20日(水)23時41分48秒
返信・引用
  「神よ 変えることのできるものについて、
 それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。
 変えることのできないものについては、
 それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。
 そして、
 変えることのできるものと、変えることのできないものとを、
 識別する知恵を与えたまえ。
       (アメリカのキリスト神学者)」

琉球松さん、私のパソコンの故障で報告が遅れてしまいましたが昨年の
10月28日~12月18日の間、普天間バプテスト教会の方々で米軍基地反対・
オスプレイ強行配備反対・海兵隊暴行事件に抗議の賛美歌を歌い続けて
くれたそうです。

アメリカの場合、「軍はあくまで軍の理屈でうごく」のがあたりまえなので
「オスプレイ反対、かわりにF18-Gをよこせ~」くらい言わないと軍窓口の
気は引けないだろうなー・・・と私は感じてしまうんですが、思い込んだら
一直線なキリストたちの行動力はみていて気持ちがいいです。

写真は日本キリスト教会靖国神社問題特別委員会発行のヤスクニ通信です。
リンク先はF18-Gの説明。

http://ja.wikipedia.org/wiki/EA-18G_(%E8%88%AA%E7%A9%BA%E6%A9%9F)

 

沖縄の溶鉱炉

 投稿者:言蛇  投稿日:2013年 3月20日(水)23時04分28秒
返信・引用 編集済
  「松浦なる 玉島川に鮎釣ると 立たせる子らが 家道知らずも(万葉集0856)」

琉球松さん、どうもご無沙汰しています。
沖縄にも溶鉱炉の跡があるとのことで興味惹かれたのですが、沖縄でも刀剣の類
は作られていたんでしょうか?
沖縄だと鉄は採取できず、作ったとしても錆びるのが早いようなイメージが湧い
てしまいます。

本土ですと鍛冶師が刀剣を神社に捧げるようになりましたが、台湾ですとそうい
うことはないみたいで沖縄の独自性が興味深いですね。

写真はマツカサウオです。

http://www7a.biglobe.ne.jp/~kotohebi/

 

Re: 「熊野の謎と伝説」

 投稿者:琉球松  投稿日:2013年 3月18日(月)16時22分45秒
返信・引用
  TAMIさんへ

 ご紹介した内容には、奄美沖縄のローカル情報が付会されているわけではなく、『記・紀』や『風土記』、考古学的な事実をもとに書かれています。あえてローカル情報の付会があるとすれば、奄美沖縄における「ホト=子宮(溶鉱炉)」の観念でしょう。

 また、銅鐸の消滅と銅鏡の出現がクロスする弥生後期には、沖縄諸島産の貝輪が吉備~播磨&淡路島まで到達することも考古学的証拠ですし、「神武東征神話」とのからみも含めた "熊野論" となっています。
 各地の『風土記』もそうですが、ローカル情報は中央で削除された事柄を伝承している可能性がありますから重要ですね。

写真は、山頂に聖地を頂く「スクナもり」・沖縄島南部
 

Re: 「熊野の謎と伝説」

 投稿者:TAMI  投稿日:2013年 3月18日(月)14時11分43秒
返信・引用
  > No.1585[元記事へ]

琉球松さんへのお返事です。

>  名護説の解釈では以下のようになっています。ちょっと長いですがご紹介を。

難しいです。

ローカル情報は、付会が多い様に思います、

しかし、真実もある、

玉置神社は、五条の方からか、本宮からか?

十津川街道を読んでみました、

熊野は複雑怪奇?

高倉下、鍛冶族の方が判りやすいが、果たして?

難しいです。

 

Re: 牡丹鍋にどうぞ

 投稿者:神奈備  投稿日:2013年 3月15日(金)16時29分29秒
返信・引用
  > No.1587[元記事へ]

言蛇さんへのお返事です。

> 「安達太良の 嶺に臥す鹿猪の
>    ありつつも 吾は到らむ寝処な去りそね(万葉集3428)」
>

> #さて、どういう方法でアダルトサイト宣伝投稿会社を潰すのが楽しいでしょうか?


 IPアドレスは、管理者は知ることができます。

 また機能の設定で
NGワードをいくつか登録でき、投稿を拒否できるようです。

また、ホスト名で、出入り禁止ができるようになっています。
 

牡丹鍋にどうぞ

 投稿者:言蛇  投稿日:2013年 3月15日(金)10時04分5秒
返信・引用 編集済
  「安達太良の 嶺に臥す鹿猪の
   ありつつも 吾は到らむ寝処な去りそね(万葉集3428)」

去年の秩父神社夜祭の翌日、商店街に掲げられた猪です。

パソコンが壊れている間はノーベル文学賞を受賞した莫言さんの本(訳:吉田富夫)・
「天の蛇・ニコライ=ネフスキーの生涯(作:加藤九祚)」を読んでいました。

掲示板が新しくなったようですが、IPアドレスは表示されないんでしょうか?
アダルトサイトの宣伝投稿ですが自分のところに来た宣伝者の発信源は、東京渋谷に
あるフリービットという会社と特定されました。
私自身は、発信源は大阪とばかり思って戦艦大和をこちらに配置したんですが見事に
あてが外れてしまいましたよ(苦笑
仕方ないので、戦艦大和は大阪待機で関東には別の船を送ることにしました。


#さて、どういう方法でアダルトサイト宣伝投稿会社を潰すのが楽しいでしょうか?

http://www7a.biglobe.ne.jp/~kotohebi/

 

穂高神社、豆まきの一コマ

 投稿者:言蛇  投稿日:2013年 3月15日(金)09時41分24秒
返信・引用
  「信濃道は 今の墾り道 刈りばねに
                足踏ましなむ 沓はけ我が背(万葉集3399)」

神奈備さま、おくればせながらあけましておめでとうございます。

年の暮れには挨拶しようと思っていたのですが文章打ち用パソコンが
壊れてしまいまして、古いMacOS9だとこちらの掲示板で改行等に不都
合があったのでご無沙汰していました。

写真は、穂高神社の豆まきにきたアルクマくんです。
旧聞ですが去年の秋口に熊(噂だと二頭とか)が長野市街中心部まで突撃侵入しまして、
川中島で対陣していた上杉・武田両軍ともこの熊に大きな被害を受け、両軍とも長野か
ら軍を引き上げました。この事故で武田軍は山本勘助を失ったとの噂が流れています。

なにぶん多忙な身であまりお構いもできない身ですが、本年もよろしくお願いいたします。

http://www7a.biglobe.ne.jp/~kotohebi/

 

Re: 「熊野の謎と伝説」

 投稿者:琉球松  投稿日:2013年 3月 8日(金)10時42分16秒
返信・引用
  TAMIさんへ

 名護説の解釈では以下のようになっています。ちょっと長いですがご紹介を。

*** 出雲と熊野に葬られた国生みの女神イザナミは、原初の金属神の代表であり銅鐸の象徴にほかならない。イザナミの埋められた場所は紀伊国の有馬村ともなっている。
 島根・和歌山ともに銅鐸の出土数の多い土地柄であるが、銅鐸はサメを形象した弥生時代の金属神であり竜蛇神である。出雲にはサメの伝承が多いが、紀伊国も同様であることは『熊野年代記』をみてもわかる。それには「承和十三年(846年)新宮川口に大鮫入り、川の主となる」などとある。和歌山県の川に、海にしか生息しないサメが盛んに遊泳していたというのは古代人の想像であろう。しかしそのサメが銅鐸のことであったと解釈すれが納得できることである。銅鐸が川底から発見される例が熊野にあるからである。
 出雲系の神スサノオノについてみても出雲と熊野の関連がわかる。『日本書紀』の一書にスサノオの子のイタケルは、様々な種類の木の種をもって朝鮮半島から紀伊国に渡って来たとされる。紀伊国は「木の国」である。
 イザナミの葬られたという有馬村のその場所は「花の窟」とされ、日本書紀には「土俗、この神の魂を祭るには、花の時に花を以て祭る」とある。熊野市の熊野灘に面した高さ56mの大岸壁の最下部にある岩穴がそれであり、現在は神社となっていて、イザナギと火の神カグツチを祀っている。そそり立つ巨岩が御身体で、海に向かった岩穴はイザナミの女陰(ホト)とみなされている。
 「花の窟」から20Kmほど西南方向へ行くと、それよく似た景観のゴトビキ岩がある。新宮市の千穂ケ峯の南端の絶壁の上にあり、やはり熊野灘に面した巨岩である。神武紀に登場する天磐盾ともみなされていて、熊野速玉大社の摂社である神倉神社のご神体となっている。巨大なゴトビキ岩を袈裟(けさ)岩が支える構造になっているが、この袈裟岩の穴から袈裟襷文(けさたすきもん)銅鐸の破片が出土している。この場所が弥生時代には既に祭祀の場であったことが分かる。
 2月6日に行なわれる神倉神社の壮絶な火祭りは県の無形文化財にもなっていて、この火の神の祀りが神社の起源であることをうかがわせる。銅鐸は水の神であるが、同時に金属と火の神でもあった。***
 

「熊野の謎と伝説」

 投稿者:TAMI  投稿日:2013年 2月28日(木)13時00分57秒
返信・引用
  「熊野の謎と伝説」澤村経夫著

神倉神社からでた銅鐸片の謎

著者が熊野速玉大社の上野宮司さんと、橋本古道具店(新宮駅裏)で見た銅鐸の顛末、
とても面白い話です。

金属関係の話は、非常に説得力あります。
 

「熊野の神々の風景」

 投稿者:TAMI  投稿日:2013年 2月19日(火)16時08分47秒
返信・引用
  松原右樹遺稿「熊野の神々の風景」

鍛冶族のタカクラジノミコト(高倉下命)136ページ~137ページ

熊野の高倉下は神倉神社の主祭神としてゴトビキ岩に祭られる土着の神、または一族であった

が、神武に宝剣を献上するという服属儀礼を行い、神武の味方となったものであろう。

西田長男(1909~1981)は、高倉下の「高倉」は、砂鉄製錬工場をさす「タタラ(高

殿)」・「ホクラ(卜蔵)」・「ホクラ(秀蔵)」と同様で、高倉下とは、そこを掌る主人のこ

ととした(『神道史の研究』第二)。


西田長男らの説によると、ゴトビキ岩周辺の土着勢力であったタカクラジ(高倉下)は、神武に

服属した採鉄、採銅の鍛冶集団であったということになる。

とあります。
 

「唐沢山神社」

 投稿者:TAMI  投稿日:2013年 2月16日(土)18時01分0秒
返信・引用
  栃木県佐野市、
佐野ラーメンと唐沢山神社、
藤原秀郷を祀る神社、
唐沢山城跡にあります。
宮司さんは秀郷末裔「佐野」氏のようです。

●唐沢山神社(からさわやまじんじゃ)
栃木県佐野市富士町1,409
【祭神】藤原秀郷
由緒沿革
秀郷公は天児屋根命二十二世の孫、藤原鎌足を祖とし、数代を経て上野国邑楽郡河辺荘赤岩の館にて生を受け、幼少の頃近江国(今の滋賀県)と山城国(京都府)の境にある宇治の田原という所に住んで、弓馬の器量優れ人々より田原藤太と慕われた。
その頃近江は三上山に、大むかで出没し人々を苦しめている事を聞き、得意の弓術にてこれを打つ、琵琶湖の神龍王はこの功を賞賛し、公はこの時神縁を受く、時の朝廷よりは従五位下に叙され下野国押領使に補される。(延長五年四月、九二七)よって居城を唐沢山に築く。第六十一代朱雀天皇の御代、天慶二年十二月(九四〇)、平将門下野を始め関東各地を侵略す。
公、平貞盛と共に下総国幸島の北にて迎撃し将門を滅ぼす。時に天慶三年二月十四日(世に之を天慶の乱という)、朝廷其の功を賞し従四位に叙し、武蔵下野両国守に任じ鎮守府将軍とす。以来六百七十年間子孫善政をしいたが、慶長七年(一六〇二)、三十代佐野信由公の時廃城となった。
明治十六年八月六日、特旨を以て正三位を追贈されるに及び、後裔一族旧臣等、公の御遺徳を偲ぶ人々により明治十六年九月に本殿拝殿を創建し鎮座申し上げた。
更に明治二十三年十一月、別格官幣殿に列せられる。大正七年十一月十八日、特旨を以て贈正二位とされる。
以上
 

出雲と大和

 投稿者:神奈備  投稿日:2013年 2月14日(木)19時16分57秒
返信・引用
  岩波新書。
目から鱗のところがあります。
 大国主の大和行き。
 出雲国造の「神賀詞」は大和の神を指名。
 唐古・鍵遺跡。
 

「露垂根神社」

 投稿者:TAMI  投稿日:2013年 2月13日(水)22時21分57秒
返信・引用
   露垂根神社(つゆしねじんじゃ)

<通称>明神様(みょうじんさま)
栃木県佐野市富士町1,007
【祭神】市杵嶋姫命 (合祀)素盞嗚尊

由緒沿革

天慶五年六月、藤原秀郷、安芸の国厳島大明神を本村唐沢山に勧請、爾後寛仁三年十月十五日・文治二年九月十九日・大永三年九月十九日と代々佐野城主再建立修覆、このとき笠松山の中腹に奉移し、その後天文二十二年八月十九日、佐野越前守秀綱が再び建立した。天正元年八月十九日、修理し後宗綱再建立した。天正元年八月十九日修理し、後、宗綱再建立した。慶長元年八月一八日、修理し太夫信吉の時現在のところへ御所を替えた。その後、寛永十二年十一月、大願主征夷大将軍源家光從四位井伊直孝が再建立した。寛保三年九月十八日、氏子一同で拝殿造立し露垂根大明神として崇拝していた。明治四十一年、氏子一同で茅葺の拝殿を改修し、大正八年、幣帛料指定村社に指定せられた。
以上

唐沢山城址跡にある「唐沢山神社」の麓に鎮座、

名前からして、「つゆしね」、

本殿に「竹林の七賢人」、

意外と歴史あるのか?
 

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