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蛇足で申し訳ありませんが長野神社と龍泉寺の由緒書です

 投稿者:天の高天原にまします  投稿日:2013年 6月17日(月)20時53分57秒
返信・引用
  なお「青賀原神社」「西代神社」には由緒書が行った当日は常備されておらずまた「金剛寺」「観心寺」については時間の関係と由緒書には詳細に記されておらず今回は入手しませんでしたことをお詫びもうしあげます  
 

河内長野市内の寺社めぐりを「レンタサイクル」で実施しました

 投稿者:天の高天原の坐す  投稿日:2013年 6月17日(月)19時56分19秒
返信・引用
  さる2013.06.16に府営公園である長野公園のレンタサイクル(http://www.toshi-kouen.jp/staticpages/index.php/nagano_trying01)で長野神社(http://www.guitar-mg.co.jp/title_buck/27/nagano_kaya_374/nagano_jinja_kaya.htm)-汐の宮妙見寺-目白不動願昭寺-瀧谷不動寺(http://www.takidanifudouson.or.jp/)-佐備神社(http://kamnavi.jp/ym/osaka/sabi.htm)-龍泉寺(http://blog.goo.ne.jp/mrslim2/e/e6db4fe8f9f1243d772a479814459d6a)(http://kamnavi.jp/en/kawati/komuku.htm)-観心寺(http://www.kanshinji.com/)-妙長寺(河合寺地区)-西代神社(http://www5.ocn.ne.jp/~miyosino/nisindai.html)-天野峠-青賀原神社(http://ja.wikipedia.org/wiki/青賀原神社)-天野行宮金剛寺(http://amanosan-kongoji.jp/about/)と巡礼してきました。願昭寺と西代神社南方の眺めもすばらしく龍泉寺の庭園の美しさもさることながら庶民信仰の長野・西代神社や名刹の観心寺・金剛寺の御仏さまには河内古寺としてのわび・さびを体感してきました。当日は天気もよかったのですがいかんせん非常に蒸し暑く水分補給がかかさませんでした。その中で天野峠と龍泉寺と願昭寺への嶽山周辺の急坂には非常に体力を消耗しましたので皆さんも登攀には気をつけていきましょう。

https://www.facebook.com/?sk=welcome#!/sodharshana

 

Re: 西穂高の山並み

 投稿者:神奈備  投稿日:2013年 6月16日(日)19時21分40秒
返信・引用
  > No.1658[元記事へ]

言蛇さんへのお返事です。

> >山の写真は見事な形です。上や他方向から眺めていかがでしょうか。
>
> 「白浜の 穂高の山波 打ち寄せて
>          沖の白雲 日そら渡る(言蛇)」
>
> ではお言葉に甘えまして5月の西穂高の山稜をお届けします。

ありがとうございます。

三角形のピラミッド風の山と見えていましたが、なかなか富士山のような山は少ないのでしょう。
三輪山でも、南から見ると、上が平たい感じに見えますね。
 

西穂高の山並み

 投稿者:言蛇  投稿日:2013年 6月14日(金)01時30分54秒
返信・引用 編集済
  >山の写真は見事な形です。上や他方向から眺めていかがでしょうか。

「白浜の 穂高の山波 打ち寄せて
         沖の白雲 日そら渡る(言蛇)」

ではお言葉に甘えまして5月の西穂高の山稜をお届けします。
いろいろ神社はめぐっていますが私はけっきょく穂高神社に戻ってきて
しまいます。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
高砂や
この浦舟に 帆を上げて
この浦舟に 帆を上げて
月もろともに 出潮の 波の淡路の島影や 遠く鳴尾の沖過ぎて
はやすみのえに 着きにけり
はやすみのえに 着きにけり

四海波静かにて 国も治まる時つ風 枝を鳴らさぬ 御代なれや
あひに相生の松こそ めでたかれ げにや仰ぎても 事も疎かや
かかる代に 住める民とて豊かなる
君の恵みぞ ありがたき
君の恵みぞ ありがたき
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

*********************************************************************
Oh! Takasago!
My boat  raising a sail to the sands Seashore!
My boat  raising a sail to the sands Seashore!
The moon is reaching to sky with High water sea!
In shade of Awaji on waves, long distance Naruo's offing past.....
Already,I reaching to seashore of Sumiyoshi!
Already,I reaching to seashore of Sumiyoshi!

On the sea of all sides, weaves is shakeing calmly.
On the wind of age, Country also being subsided .
On the ground,any branchs is not sounded.
Welcome! Age of my lord!

In the sky, Ginkgo tree of husband and wife is standing and twisting.
Ah! It is auspicious.
In the sky, I am looking for the trees. The trees style is negligence.
In such a age, the people who can live are rich.

It is my lord's blessing. I am feeling gratitude!
It is my lord's blessing. I am feeling gratitude!
*********************************************************************

http://www7a.biglobe.ne.jp/~kotohebi/

 

Re: 母の日のプレゼント

 投稿者:言蛇  投稿日:2013年 6月14日(金)00時35分25秒
返信・引用 編集済
  > No.1636[元記事へ]

神奈備さんへのお返事です。

神奈備さま>  大阪人は殆ど”豊臣”でしょうね。プリンセストヨトミが成り立つのです。
神奈備さま> だから”橋下”さんも応援するんでしょう。

大阪人の多数派が「右を向け」といったら神奈備さまは右を向いてしまうんですか?
神奈備さまがそういう人とは、とうてい思えないですけど。


写真は太陽の搭。道祖神祭りの火を入れると生命の樹が蘇るという伝説があるとかないとか。
正面の顔なんですが、よくよく見ると左の顔が右の顔にキスしているようにも見えます。


http://www7a.biglobe.ne.jp/~kotohebi/

 

群馬ちゃん

 投稿者:言蛇  投稿日:2013年 6月13日(木)23時46分50秒
返信・引用 編集済
  「多胡の嶺に 寄せ綱延へて 寄すれども
        あにくやしづし その顔よきに(万葉集3411)」

TAMIさん、生きていますか~?
かわいいかわいい群馬ちゃんが心配してお見舞いに来ましたよ♪


 

クラインの壺

 投稿者:言蛇  投稿日:2013年 6月 7日(金)21時45分53秒
返信・引用 編集済
  神奈備さまこんばんわ、資料の整理がちょっと遅れてて申し訳ありません(汗

「クラインの壺」ですが現実世界では「エントロピーの法則」が働くので、現実
に実装すると時間経過を反映して保有エネルギーは小さくなります。
「クラインの壺」を目指して生き物が進化をしたとしたら、写真の生き物になり
ます。

写真の上は巻貝形土製品(新潟県村上市上山出土)
写真の下は巻貝形注口土器(青森県七戸町長久保出土)

発掘年代はいずれも縄文時代後期・紀元前2000-1000です。
縄文のこの頃、東北地方はまだ温かだったようです。

ロシアの民芸品にマトリューシカというものがありますが、あれはさしずめ
「ダイソン球」なのでしょうね。忠生遺跡のその土器も、案外、木の実を卵に
見立てた保存用のおまじないなのかもしれません。

http://www7a.biglobe.ne.jp/~kotohebi/

 

Re: 忠生遺跡展1

 投稿者:神奈備  投稿日:2013年 6月 5日(水)08時29分24秒
返信・引用
  > No.1650[元記事へ]

言蛇さんへのお返事です。

異次元世界へいざなう壺、クラインの壺、を目指した造形に見えますね。
面白い。
 

忠生遺跡4

 投稿者:言蛇  投稿日:2013年 6月 3日(月)23時52分26秒
返信・引用
  「さを鹿の 萩に貫き置ける 露の白玉 あふさわに
   誰れの人かも 手に巻かむちふ(万葉集1547:藤原朝臣八束)」

展示会当日には道端に萩の花が咲いていました。秋萩は雨に弱いですが、この季節の萩は
雨に強いようで楽しませてもらいました。

写真中段は槍先形尖頭器と有舌尖頭器。槍先形尖頭器を使った手槍から有舌尖頭器を使った
投槍、その後は弓を使う鏃へと変化しています。

写真下段は翡翠の大珠、原産地は新潟県糸魚川市姫神流域とのこと。
村の祈祷師が身に着けていたものといわれていますが、工作精度はあまり高くないように思
えるのは私の気のせいでしょうか?

忠生遺跡は東京都町田市忠生二丁目を中心とする立川ローム層の丘陵地帯に広がる町田市内
最大規模の集落遺跡です。またがる時代も旧跡時代から江戸時代の遺跡までにひろがり発掘
委員会の調査終了まで25年におよんでいます。ここに紹介したのはあくまで展示の一部な
ので、興味をもたれたかたは町田市立博物館までお越しください。

それでは

http://www7a.biglobe.ne.jp/~kotohebi/

 

忠生遺跡3

 投稿者:言蛇  投稿日:2013年 6月 3日(月)22時26分20秒
返信・引用 編集済
  古墳時代末期の横穴墳墓から出土した鉄剣。
左が14号横穴墳墓、右が17号横穴墳墓から出土した剣です。

この時代の炭焼き用竃の後は発掘されていますが、製鉄用竃は平安時代のものが確認されています。
多量の高品質ガラス玉も副葬されているので、朝鮮渡来系集落との交易で入手したのかもしれません。

http://www7a.biglobe.ne.jp/~kotohebi/

 

忠生遺跡2

 投稿者:言蛇  投稿日:2013年 6月 3日(月)22時01分35秒
返信・引用
  現在、国内最大級の石棒として確認されている彫刻付き大型石棒。
作られたのちにバラバラに砕かれ、縄文家屋もろともに焼かれています。
(焼け跡から人骨はでていません)

欠損土偶の家屋版といえますが、後の時代に継続されなかったのは掛か
る手間のわりに見返りがなかったからか(汗
大きさを競うなら「どんと焼き式」のように木を立てたほうがライフサ
イクルには合います。

http://www7a.biglobe.ne.jp/~kotohebi/

 

忠生遺跡展1

 投稿者:言蛇  投稿日:2013年 6月 3日(月)21時43分14秒
返信・引用
  神奈備さま、こんばんわ。
お元気そうでなによりです、穂高のきれいな写真はまた後ほどで願います。
先日、町田市立博物館で忠生遺跡発掘にまつわる展示がされましたのでこちらに
投稿させていただきます。

写真は忠生遺跡19号b住居発掘の縄文土器、実にきれいな造詣です。
個人的に蛇というよりは鶏の一種に見えるのですが、神奈備さまにはどう見えます?
縄文貝塚から鶏の骨が確認されてないので鶏肉は食べていなかったのでしょうが、
鳥を見て、なにか祈ったということはありえそうに思います。

http://www7a.biglobe.ne.jp/~kotohebi/

 

Re: エジプトからの使者

 投稿者:神奈備  投稿日:2013年 6月 3日(月)19時12分12秒
返信・引用
  > No.1648[元記事へ]

言蛇さんへのお返事です。

> 穂高のピラミッドに由来するようです???

山の写真は見事な形です。上や他方向から眺めていかがでしょうか。
 

エジプトからの使者

 投稿者:言蛇  投稿日:2013年 6月 3日(月)00時37分56秒
返信・引用
  「相模道の 余綾の浜の 真砂なす
   子らは愛しく 思はるるかも(万葉集3372)」

神奈備さま、こんばんわ。
今年の穂高神社ではエジプトのファラオを迎えることになりました。
知ってのとおり、今のエジプトは民主化に係わる騒動でファラオに
とっても今は居心地が悪いんでしょうね(汗


写真は穂高神社に掲げられたファラオの肖像、アンクがきちんとかかれてい
ますね。それと西穂高の前に聳えるピラミッド・ピーク。絵にピラミッドが
2つしかないのは、穂高のピラミッドに由来するようです???
なんにせよ織音の三ツ星に由来するファラオではないようなので、いずれは
エジプトに帰ってもらうことになるでしょう。

下の写真は大阪難波でみかけたピラミッド。
神奈備さまもファラオを見かけたらよろしくお願いします。


「奥飛騨の 高原川に かかる峰
   高砂の使いを迎え 四方山咲かす(言蛇)」

http://www7a.biglobe.ne.jp/~kotohebi/

 

Re: 能勢妙見山の登山しました

 投稿者:言蛇  投稿日:2013年 6月 2日(日)23時33分59秒
返信・引用
  > No.1639[元記事へ]

天の高天原に坐しますさんへのお返事です。

はじめましてこんばんわ、当日は天気が生憎で残念でしたね。
大阪の真北にある山なので古くから信仰の対象になっているのでしょうが、神奈備さまが
登攀していないのはちょっと以外でした。

写真は、猪名川にある多田神社、境内には大江山の鬼退治の歌が伝わっています。
それと阪急能勢電鉄の多田駅です。

http://www7a.biglobe.ne.jp/~kotohebi/

 

富士山レーダードーム館

 投稿者:言蛇  投稿日:2013年 6月 2日(日)21時39分31秒
返信・引用 編集済
  神奈備さま、こんばんわ。
新緑がまぶしい季節になりましたね。

写真は富士山レーダードーム館です。
所在地は〒403-0006 山梨県富士吉田市新屋1936-1

私にとって神奈備様のサイトはレーダーとして役に立つのでレーダードームを進呈します。
神奈備さまは「レーダー」に関してどの程度ご存知でしょうか?


#広告バナーで「霧島レイ」というレーダー受信機がアピールしてきて「苦笑い」の
#日々です。北極星システムの基本は優秀なのは実感していますが、ブラックボックスと
#女性としての野心が透けて見えるのは男性としてマイナス評価というところでしょうか。
#(http://www.yupiteru.co.jp/

http://www.youtube.com/watch?v=4-JWiQ-oz28
 

これなーんだ?

 投稿者:言蛇  投稿日:2013年 6月 2日(日)21時14分26秒
返信・引用
  去年、木曽御嶽山に登攀したときに出会った蛇です。
木曽御嶽山に登ったときに見かけたのですが「○○教会」建立という石碑を多く見かけました。

教会という文字を使っているからキリスト教とはいえないのですが・・・
仏教系で「教会」の文字を使うようになったのはいつ頃からなんでしょうか?

http://www7a.biglobe.ne.jp/~kotohebi/

 

Re: 「猿田彦神社」

 投稿者:神奈備  投稿日:2013年 6月 2日(日)21時11分32秒
返信・引用
  > No.1643[元記事へ]

TAMIさんへのお返事です。

> 内宮近くにあります。

今、伊勢ですか。今後の予定は?

車はありませんが、大阪、和歌山ですと、お供できます。暇です。
 

「猿田彦神社」

 投稿者:TAMI  投稿日:2013年 6月 2日(日)20時22分12秒
返信・引用
  内宮近くにあります。

これほど変化させられた神様は少ないのでは、

最近、「佐瑠女神社」を境内に造営したようです、

女性の参拝客が多いようです。

アマテラス、サルメ、やはり女性は凄いですね。
 

「サルタヒコの旅」

 投稿者:TAMI  投稿日:2013年 6月 2日(日)18時40分20秒
返信・引用
  サルタヒコの旅

猿田彦神社の宇治土公宮司さん、鎌田東二さんが企画したようです、

いろいろなジャンルの人が出ています、

対談、鎌田東二:河合隼雄

『サルタヒコとウズメの関係』というは傑作です、

サルタヒコの秘密を聞き出す、

名前、住所から本籍、行き先まで!

『国譲り神話における猿田彦大神の位相』

 鈴鹿千代乃さんは面白いですね、

猿田彦は大神が伊勢地方の古い太陽神であったことは誰も認めるところであろう。

この大神を迎えるべく「ホト」露わにして待つ巫女が「天宇豆売神」であるこというまでもない。

この「ホト」の呪力によって、猿田彦大神は、海から上がってくる・・・・・・。

猿田彦っていうのは結構面白い神様ですね。
 

Re: 「甲波宿弥神社旧地」

 投稿者:TAMI  投稿日:2013年 5月27日(月)16時59分53秒
返信・引用
  > No.1637[元記事へ]

地元周辺や甲波宿弥神社の宮司さん等に「旧地」の件、お聞きしていますが、まだ、判りません。

「カワスクネ」とは川の本流の事のようです、が、

写真は渋川市有馬にある「有馬渠口神社」です、
榛名山(右水沢山、尖った相馬山)


 渠口神社(みぞくちじんじゃ)

群馬県渋川市有馬1330
【祭神】有馬公 菅原道眞
 http://www.mapion.co.jp/m/36.466787404398865_139.01065406804227_10/

 

Re: 能勢妙見山の登山しました

 投稿者:神奈備  投稿日:2013年 5月23日(木)08時23分39秒
返信・引用
  > No.1639[元記事へ]

天の高天原に坐しますさんへのお返事です。

おはようございます。投稿ありがとうございます。私は登拝できていませんが、関西でも著名な霊山です。見晴らしもいいでしょうね。
 

能勢妙見山の登山しました

 投稿者:天の高天原に坐します  投稿日:2013年 5月22日(水)20時38分44秒
返信・引用
  先日の2013.05.19の大阪府能勢町の能勢妙見山に登拝し大阪平野の一望を望みました。
吉川から山頂に至る途中には「白瀧稲荷神社」があり(http://kamnavi.jp/it/kinki/kawanisi.htm)また山頂から「本瀧寺」(http://www.hontakiji.com/)(当日は大柴燈護摩供養(http://www.hontakiji.com/%e5%b9%b3%e6%88%9025%e5%b9%b4%e5%ba%a6%e9%96%8b%e5%ae%97%e5%a4%a7%e6%b3%95%e8%a6%81%e3%83%bb%e5%a4%a7%e8%ad%b7%e6%91%a9%e4%be%9b/)がおこなわれていました)に至るまでの杉木立に苔むした祠や石仏など当日は天気が不安定でしたが改めてこの山(為楽山)が「宇賀之御魂神」を初めさまざまな神々が同居している霊山であることを実感してきました。
 

Re: 那智大社が式内社でない理由

 投稿者:TAMI  投稿日:2013年 5月20日(月)10時50分35秒
返信・引用
  > No.1635[元記事へ]

神奈備さんへのお返事です。

>  墨坂さん、渡来系ではないと思います。

以前ご紹介いただいた「青銅の神の足跡」谷川健一に、チイサコべスガルの話がありました、

墨坂神は武器を供給していた、という記述と、スガルは侏儒だという話に納得、

雄略の寝所に”うろうろ”入り込むのは小人の仕業(日本霊異記)とは笑って
しまいました。

神武にとって、見逃すことの出来ない墨坂神では、と思いました。
 

「甲波宿弥神社旧地」

 投稿者:TAMI  投稿日:2013年 5月20日(月)10時26分50秒
返信・引用
  以前から気になっていたのですが、

上野国式内社12社の一つ「甲波宿弥神社」、
一般的には、吾妻川に並ぶ三社(上・箱島「甲波宿弥神社」、中・祖母島「武内神社」、下・川島「甲波宿弥神社」)であると言われています、
他に渋川市行幸田(みゆきだ)「甲波宿弥神社」があり、これは分社ではないかと(宮司さんは川島の弟だとか)思われます、

ところが、利根川を挟んだ分郷八崎(ぶんごうはっさき)にある高円山観音堂が「旧地」という情報があります、

現場から見る景色は榛名山信仰の様な気分です。

平成23年末、仁王門を改修したようで、石仏群が沢山あります。

http://www.mapion.co.jp/m/36.48111940397936_139.03214270666632_10/(マピオン)

渋川市北橘町分郷八崎「高円山観音堂」

【延喜式神名帳】甲波宿祢神社 上野国 群馬郡鎮座
          (現在地)甲波宿祢神社

   【現社名】甲波宿祢神社(旧地)
   【住所群馬県渋川市北橘町分郷八崎
       北緯36度29分4秒、東経139度1分44秒
   【祭神】
   【例祭】
   【社格】
   【由緒】宝亀2年9月19日創祀
       天明3年(1783)7月淺間山噴火で流出
       同5年9月現社地再建

   【関係氏族】
   【鎮座地】宝亀2年9月19日此の地に創祀
        天明3年(1783)7月淺間山噴火で流出
        同5年9月現社地再建

   【祭祀対象】
   【祭祀】
   【社殿】

   【境内社】

観音堂の近くに標石があるとの事であったが標石不詳。

http://www.geocities.jp/engisiki/kouzuke/bun/koz260303-05.html
 

Re: 母の日のプレゼント

 投稿者:神奈備  投稿日:2013年 5月20日(月)09時14分50秒
返信・引用
  > No.1633[元記事へ]

言蛇さんへのお返事です。

 大阪人は殆ど”豊臣”でしょうね。プリンセストヨトミが成り立つのです。だから”橋下”さんも応援するんでしょう。落ち目のなったら、すぐに見放す、関東のみんなとは大違いです。

 颱風一過で境内の木々が少なくなった神社は結構多いです。印象深いのは、大和の神社。
 村屋坐弥富津比売神社
 鴨都波神社
 など。
 

Re: 那智大社が式内社でない理由

 投稿者:神奈備  投稿日:2013年 5月20日(月)09時13分3秒
返信・引用
  > No.1632[元記事へ]

TAMIさんへのお返事です。

五来さん、よく歩いておられる民俗学者さんですが、この那智と新宮で一社とはびっくりの説です。
 『新抄格勅符抄』の熊野牟須美神とは熊野坐神社のことで、後ほど祭神を家津美御子神として、牟須美神は那智に遷ったと聞いたことがあります。
 延喜の時代には未だ神社の扱いではなかった那智、それ以前に神戸が与えられるはずがないのではないでしょうか。

 墨坂さん、渡来系ではないと思います。
 

御城稲荷神社

 投稿者:言蛇  投稿日:2013年 5月19日(日)23時18分19秒
返信・引用
  『御城稲荷神社』
(所在地)山形県鶴岡市馬場町4-16

『祭神』
 倉稲魂神
 大市姫神
 五十猛神
 須佐乃男神
 大己貴神

『由緒』
当神社は宝永五年(1708)荘内藩六代藩主酒井忠真公が当時の鶴ヶ丘城
二の丸東北隅に城内鎮守として創建され以来歴代藩主藩士の厚い崇敬が
あり年一回の祭日は城下の人々の参拝も特別に許され城内は大変な人出
であったという。明治維新後お城取り壊しの際も当神社だけはそのまま
残される。これは藩のみならず一般民衆の崇敬が厚かったからであろう。

*******************************************************************
神奈備さまが訪れたときは鬱蒼とした社叢があったそうですが、私が今
年の連休に訪れたときは、杉の枝打ちをした後なのか明るい感じでした。
この前の新潟地震で何本か倒れてしまったようです。

http://www7a.biglobe.ne.jp/~kotohebi/

 

母の日のプレゼント

 投稿者:言蛇  投稿日:2013年 5月18日(土)21時27分50秒
返信・引用 編集済
  「我妹子を 早見浜風 大和なる
   我を松椿 吹かざるなゆめ(万葉集0073:長皇子)」

神奈備さまこんばんわ、今週の日曜は「母の日」でしたね。
絵を描ける誰かさん達の代理として今年の母の花として椿の花をプレゼントします。

先の自分の大阪城石垣投稿で気がついたのですが、現在の大阪城は豊臣の城の上に
徳川が築いた城を復元したものです。
神奈備さま自身は豊臣派なのでしょうか?徳川派なのでしょうか?
この点ははっきりしておきませんと、近松門左衛門でも神奈備さまの意にかなう脚
本は書けそうにありません。

「雨煙る 海坂寄せる 藤波へ 碧き木斛 枝を振る我(言蛇)」
http://www6.airnet.ne.jp/manyo/main/

http://www7a.biglobe.ne.jp/~kotohebi/

 

那智大社が式内社でない理由

 投稿者:TAMI  投稿日:2013年 5月18日(土)09時23分14秒
返信・引用
  熊野三所のなかで、早くから連合したのは「那智」と「新宮」だったらしい。
『延喜式』神名帳に「熊野速玉神社」とあるのは、那智と新宮が一社としてあつかわれていたもので、
「本宮」の「熊野坐神社」と合せて両所権現であった。

しかし奈良時代には那智と新宮が別々だったことは、『新抄挌勅符抄』の大同元年の条に、
熊野牟須美神四戸 紀伊、天平神護二年奉充
速玉神四戸 紀伊、神護二年九月廿四日奉充

とあることであきらかである。
ところが百年後の貞観年間には、この二社は「熊野速玉神」として一社になった。
『三代実録』(貞観元年正月二十七日条)には、

奉授紀伊国従五位下熊野速玉神、熊野坐神、並従五位上

とあり、同五月二十八日条や貞観五年三月二日条にも、おなじような神階昇叙の記載がある。
そしてこれが『延喜式』にそのまま踏襲されている。

熊野神話と熊野信仰の性格(五来重)
 

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