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穂高太鼓・飛龍三段返し

 投稿者:言蛇  投稿日:2013年10月12日(土)14時31分10秒
返信・引用
  「燃ゆる火も 取りて包みて袋には
  入ると言はずや 面智男雲(万葉集0160・ 持統天皇)」

神奈備さま、こんにちわ。
伊勢神宮の遷宮も無事終わりましたね、おもえば今年は伊勢と出雲の遷宮が重な
る大きな年ですね。
穂高神社の祭りも御船祭り・奥宮神事の両方とも、台風が過ぎ去ったあとの晴天に恵まれ
滞りなく無事に終わりました。
現人神の御心は実によく現れるものですね、これからもよろしく願います。
写真は御船祭りに奉納された穂高太鼓、演目は「飛龍三段返し」。

「梓水 穂高の空より 流れ降り
       鼓笛の響きに 耳傾ける(言蛇)」
   

http://www7a.biglobe.ne.jp/~kotohebi/

 
 

Re:  ウガネットの原則

 投稿者:言蛇  投稿日:2013年10月12日(土)12時56分36秒
返信・引用
  > No.1701[元記事へ]

「狭井川は 雲立ち渡る 百合の山
     絡みつく風 櫛かきならす(言蛇)」

神奈備さまへのお返事です。
私はその場に居合わせず残念です、ちょっとのぞいてみたかった。
和歌の嗜みに欠けていると、なにかと衝突して引っ込みがつかなくなるものですね。

写真は8月に撮った百合、上品な桃色に咲いています。
どうぞ♪

「灯火の 光りに見ゆる さ百合花
  ゆりも逢はむと 思ひそめてき(万葉集4087)」

http://www7a.biglobe.ne.jp/~kotohebi/

 

Re: Re:何と読むのでしょうか?

 投稿者:PONTA  投稿日:2013年10月10日(木)23時21分47秒
返信・引用
  > No.1694[元記事へ]

TAMIさんへのお返事です。
> 素人考えですが、「森」の「木」の下「林」を略した「メ」又は「×」ということなんでしょうか?
> 漢字辞書で画数、「木」で調べても出てきませんでした。

「異字体」というか「略字」です。
「協」「轟」「澁」「晶」「聶」「森」「攝」「壘」などの字は下の2つの同字の部分を4つの点に書き換えた略字があります。「轟」→「軣」、「澁」→「渋」、「攝」→「摂」、「壘」→「塁」。

http://pontyan1997.blog59.fc2.com/blog-entry-379.html

 

 ウガネットの原則

 投稿者:神奈備  投稿日:2013年10月 9日(水)13時40分21秒
返信・引用
  ウガネットの原則と言ったこむずかしいものはありませんが、常識的なことを再確認しておきたいと思います。というのも、前月に驚くべきことが起こりましたからです。

 ある方の断言的発言に対して、別の方が疑義ではなく、「その可能性もあると言う程度のお話ですね。」と言われました。ある方がそれを聞かれて、ぶち切れたようでした。別の方に対して、ある学者さんの名をあげ、知っているか?どんな人か言って見ろ!、と大声をだされました。どうもその学者さんが、ある方のお話を認めたらしく、それを否定されたようで、頭に来たのでしょう。私達の記憶では、ウガネット史上、始めての怒声でした。

 もうおわかりですね。ウガネットは次のような常識の場なのです。

1.批判は謙虚に受け止めましょう。
2.批判はどんどん行いましょう。
3.自由で闊達な議論をしていきましょう。
4.簡潔明瞭に意見を発表しましょう。
5.来られる時間は自由です。お帰りの時間も自由です。
6.来る者はこばみませんが、ウガネットの常識を守って下さい。
7.去る者ものは追わずです。

 お互い、机を並べて、浪速の古代を勉強しましょう。よろしくお願いします。

 

熊野御師の文

 投稿者:TAMI  投稿日:2013年 9月15日(日)15時30分55秒
返信・引用
  応永年間に書かれた熊野御師の文らしい、

どなたか読み解いて頂けますか?
 

Re: 花園神社

 投稿者:神奈備  投稿日:2013年 8月30日(金)15時59分51秒
返信・引用
  > No.1698[元記事へ]

言蛇さんへのお返事です。

> 「新宿花園神社」

私も一度ですが、参詣しました。
丁度、宮司の片山文彦さんがおられまして、よもやま話をさせて頂きました。
宮司はお医者さんでした。
また、神道時事問題研究会を長く開催されていました。

著書もあります。『神社神道と日本人のこころ』は印象に残っています。
 

花園神社

 投稿者:言蛇  投稿日:2013年 8月30日(金)11時29分10秒
返信・引用 編集済
  新宿でたまたま見かけたのでよってみた神社です。
ちなみに私は賭け事はしない人間ですよ。

「新宿花園神社」
祭神は、倉稲魂命・日本武尊・受持神
所在地は郵便番号160-0022 東京都新宿区新宿5-17-3

花園神社は、徳川家康の江戸開府(1603)以前から新宿の総鎮守として重要な位置を占めていました。
徳川氏が武蔵野国に入った1590年より前に、大和吉野山より勧請されたとされています。花園神社
は寛永年代(1624~1644)までは現在の場所より約250メートル南、今の伊勢丹デパートの付近に
ありました。しかし、寛政年代に朝倉筑後守という旗本がこの周辺に下屋敷を拝領したため、社地
は朝倉氏の下屋敷の中に囲い込まれてしまったのです。そこで幕府に訴えたところ、現在の場所を
拝領することになりました。その場所は、徳川御三家(将軍家に次いで格の高い尾張藩・紀州藩・
水戸藩)筆頭の尾張藩下屋敷の庭の一部で、たくさんの花が咲き乱れていたそうです。この美しい
花園の跡に移転したので花園稲荷神社と呼ばれたのが社名の由来とされています。
初めて史料に花園神社の名が登場するのは、享和3年(1803)のこと。大火に遭った社殿復興を願っ
て内藤新宿町より奉納された額面に「花園社」と記されていました。「花園」という名称が正式な
ものになるのはずっと後代のことで、稲荷神社または三光院稲荷とも呼ばれ、さらに江戸時代には
地名にちなんで四谷追分稲荷とも呼ばれていたようです。

「内藤トウガラシとカボチャ」
 新宿御苑は、江戸時代高遠藩主内藤家の下屋敷でした。当時、武家では屋敷内の畑で、野菜など
を栽培し自給する習わしが一般的で、内藤家でも野菜を栽 培していましたが、中でも軽くて肥沃
な土に適したトウガラシがよくでき、内藤トウガラシと呼ばれて評判となり、新宿付近で盛んに作
られるようになりまし た。
「新編武蔵風土記稿」(1828)には、四ッ谷内藤宿及び其辺の村々にて作る、世に内藤蕃椒と
呼べり」とあり、当時は新宿周辺から大久保にかけての畑は、トウガラシで真っ赤になるほどであっ
たと言われています。
 このトウガラシは八房といって、実が房のように集まって付き、しかも上を向いて葉の上に出る
ような形になるため、熟すと畑一面が真っ赤に見えたのです。保存のできる調味食品として、庶民
に喜ばれたが、明治に入り都市化により栽培も激減し、産地も西の方に移っていきました。
 この地域ではカボチャの栽培も盛んで、「内藤カボチャ」とか「淀橋カボチヤ」ともいわれて、
この地域が産地。

http://www7a.biglobe.ne.jp/~kotohebi/

 

Re: 米軍海兵隊は天皇の軍隊だった。

 投稿者:言蛇  投稿日:2013年 8月30日(金)11時22分18秒
返信・引用 編集済
  > No.1678[元記事へ]

ねこさんへのお返事です。


**********************************************************************************
The Lord said to Satan, ‘Very well, all that he has is in your power;
only do not stretch out your hand against him!’
So Satan* went out from the presence of the Lord.
                                 (Job: 1-12)
**********************************************************************************

Oh! You are Cactus!
My name is KOTOHEBI, I am japanese.
Nice to meet you!

I think that your plan certainly fall through.
Because you think by japanese.

Why do you use your Language Japanese??
Do you have hope of yourself Suicide??


**********************************************************************************
主はサタンに言われた。「それでは、彼のものを一切、お前のいいようにしてみるがよい。
ただし彼には、手を出すな。」サタンは主のもとから出て行った。
                             「ヨブ記 / 1章 12節」
**********************************************************************************
 

残暑見舞い

 投稿者:言蛇  投稿日:2013年 8月30日(金)11時14分13秒
返信・引用
  「明日香川 七瀬の淀に 住む鳥も
   心あれこそ 波立てざらめ(万葉集1366)」

神奈備さまこんにちわー、残暑見舞いにきましたよー。
八月は行事が多くて結局ネットどころじゃなくなるのを痛感します、素直に「休み中」の
宣言をしなくて後悔しました。

写真は横浜に寄港した三菱重工業長崎造船所建造の客船「飛鳥Ⅱ」と差し入れの「河豚
焼き」です。「飛鳥Ⅱ」は神戸にもにもよく寄港しているので神奈備さまにも馴染みが
深いでしょう。Wikiの記述ですと「飛鳥Ⅱ」の船員さんの多くはフィリピン人だそうで
日本人の自己表現力の低さに不甲斐なさを感じます。

それと河豚を初めて食べたんですが、食感が魚肉というよりはイカやタコに近くて口に
入れた時は眼が丸くなってしまいましたよ。一般の魚料理と別枠の珍味扱いなのに納得
しました・・・・河童も捌いて料理したらこういう味に近いかもしれませんね。

「河豚あぶり 捩る実ながめ 耳澄ます 空に花火が こだまする(言蛇)」

http://www7a.biglobe.ne.jp/~kotohebi/

 

Re: 藤森稲荷は伏見稲荷

 投稿者:TAMI  投稿日:2013年 8月18日(日)16時09分49秒
返信・引用
  > No.1693[元記事へ]

神奈備さんへのお返事です。

> 今でも、伏見稲荷の近辺の方は藤森神社の氏子です。
>
> 伏見稲荷の地名は藤森と呼ばれていたのでしょう。

ありがとうございます。

「トコロテン遷座」というのは、大変判りやすいです、

八百万の神を祀る我が国特有の方式みたいですね、

内宮も摂社末社など沢山ありますが、「トコロテン式」

みたいなものなんでしょうか。
 

Re: Re:何と読むのでしょうか?

 投稿者:TAMI  投稿日:2013年 8月18日(日)15時52分55秒
返信・引用
  > No.1692[元記事へ]

> いこまかんなびさんへのお返事です。
> > >写真の□□ナカ
> >
> > >   □□文四郎
> >
> > >    同 傳四郎
> >
> > >何と読むのでしょうか?
> >
> >
> > 多分、□の字は、近世文書に多い異体字の「森」、つまり大森さんだと思います。
> >
> > 今日、図書館で思い出して古文書辞典を見たら出てました。
> >
> > (また、春から前の職場の手伝いに行ってます。)

ありがとうございます。

素人考えですが、「森」の「木」の下「林」を略した「メ」又は「×」ということなんでしょうか?

漢字辞書で画数、「木」で調べても出てきませんでした。
 

Re: 藤森稲荷は伏見稲荷

 投稿者:神奈備  投稿日:2013年 8月17日(土)09時00分28秒
返信・引用
  > No.1689[元記事へ]

TAMIさんへのお返事です。

> 藤森稲荷は伏見稲荷大社のことだという説(サイト)ありますが、
>
京都の伏見稲荷の場所には、元々、藤森神社が鎮座していました。
>
http://kamnavi.jp/yamasiro/fujinomori.htm

今でも、伏見稲荷の近辺の方は藤森神社の氏子です。

伏見稲荷の地名は藤森と呼ばれていたのでしょう。
 

Re: Re:何と読むのでしょうか?

 投稿者:神奈備  投稿日:2013年 8月17日(土)08時54分18秒
返信・引用
  > No.1691[元記事へ]

いこまかんなびさんへのお返事です。

> 神奈備さん・TAMIさんへ
>
> こんばんわ、また横から失礼してすんません。
>
>
> >写真の□□ナカ
>
> >   □□文四郎
>
> >    同 傳四郎
>
> >何と読むのでしょうか?
>
>
> 多分、□の字は、近世文書に多い異体字の「森」、つまり大森さんだと思います。
>
> 今日、図書館で思い出して古文書辞典を見たら出てました。
>
> (また、春から前の職場の手伝いに行ってます。)

流石です。ありがとうございます。

 

Re:Re:何と読むのでしょうか?

 投稿者:いこまかんなび  投稿日:2013年 8月16日(金)20時08分56秒
返信・引用
  神奈備さん・TAMIさんへ

こんばんわ、また横から失礼してすんません。


>写真の□□ナカ

>   □□文四郎

>    同 傳四郎

>何と読むのでしょうか?


多分、□の字は、近世文書に多い異体字の「森」、つまり大森さんだと思います。

今日、図書館で思い出して古文書辞典を見たら出てました。

(また、春から前の職場の手伝いに行ってます。)
 

Re: 何と読むのでしょうか?

 投稿者:TAMI  投稿日:2013年 8月16日(金)20時01分1秒
返信・引用
  > No.1688[元記事へ]

神奈備さんへのお返事です。

四十九膳神(神社本庁登録では「四十九前神」)
氏子に見せて頂いたものは「四十九膳神」(江戸後期の文書にある)、

四十九膳神を神仏習合から調べてみたところ、

行基の四十九院というのがありました、

「膳」というキーワードで神社関係を調べてみたところ「伏見稲荷大社」御膳谷というのがありました、

再度現場に行ってみました、

正面金剛の石塔に「天徳寺」「信長」「願主」などかすかに見えました、

偶然「天徳寺」というのは「天徳寺宝衍(佐野房綱)」らしい、

四十九膳神など普通の人々に考えられるのか?

いろいろ調べているうちに、天徳寺と菩提寺の関係など、

とおう状況であります。
 

藤森稲荷は伏見稲荷

 投稿者:TAMI  投稿日:2013年 8月16日(金)17時09分46秒
返信・引用
  www11.ocn.ne.jp/~oinari/sub8-01.html

全国の藤森神社

藤森稲荷は伏見稲荷大社のことだという説(サイト)ありますが、

本当なんでしょうか?

写真は報恩寺という寺のお墓の裏山の中腹にあったものを最近遷したようです、

稲荷とお墓の関係は深い?
 

Re: 何と読むのでしょうか?

 投稿者:神奈備  投稿日:2013年 8月13日(火)19時07分3秒
返信・引用
  > No.1687[元記事へ]

TAMIさんへのお返事です。

> 寄附人名
>
> 明治33年天徳寺宝衍(佐野房綱)300回忌記念の寄附者名
>
> 写真の□□ナカ
>    □□文四郎
>    同 傳四郎
>
> 何と読むのでしょうか?
>

校?
 

何と読むのでしょうか?

 投稿者:TAMI  投稿日:2013年 8月11日(日)09時18分16秒
返信・引用
  寄附人名

明治33年天徳寺宝衍(佐野房綱)300回忌記念の寄附者名

写真の□□ナカ
   □□文四郎
   同 傳四郎

何と読むのでしょうか?

天徳寺宝衍は、謎の多い唐沢山城主、信長、秀吉に仕えたらしい、
菩提寺は臨済宗「報恩寺」行基に縁、稲荷信仰にも詳しい?

四十九膳神に関係するのか?
 

石切神社夏季例祭の参詣記です

 投稿者:天の高天原に坐します  投稿日:2013年 8月 5日(月)20時07分58秒
返信・引用
  先日におこなわれました東大阪市石切神社の参詣記です
http://6226.teacup.com/sodharshana/bbs/8
なお「穂積地蔵尊」ですが誤字が発生していますので補足ですが
「穂積地蔵尊」は毎月「7・17・27」日に参詣可能です。
http://www.ishikiri.or.jp/saiji/#saiji01

http://6226.teacup.com/sodharshana/bbs?

 

Re: 泉大津市の古社めぐり(和泉市も入っていますが)に関する参詣記をアップしました

 投稿者:神奈備  投稿日:2013年 8月 1日(木)08時35分22秒
返信・引用
  > No.1684[元記事へ]

天の高天原に坐しますさんへのお返事です。
 ご紹介ありがとうございます。
 

泉大津市の古社めぐり(和泉市も入っていますが)に関する参詣記をアップしました

 投稿者:天の高天原に坐します  投稿日:2013年 7月30日(火)21時49分0秒
返信・引用
  拙掲示板に泉大津市・和泉市府中周辺の古社寺めぐりに関する記事をアップしました。
http://6226.teacup.com/sodharshana/bbs/7

http://6226.teacup.com/sodharshana/bbs?

 

Re: お化け屋敷

 投稿者:神奈備  投稿日:2013年 7月23日(火)16時31分57秒
返信・引用
  > No.1679[元記事へ]

>
> #神奈備さま、この掲示板はipアドレス表示型にならないのですか?
>
FLH1Acx044.kng.mesh.ad.jp(60.239.2.44)


 

土曜丑の日

 投稿者:言蛇  投稿日:2013年 7月23日(火)12時28分14秒
返信・引用
  「痩す痩すも 生けらばあらむを はたやはた
  鰻を捕ると 川に流るな(万葉集3854)」

土曜丑の日も迎えたので食事もお持ちしました。

写真の上は「とろろご飯」、山の鰻といわれるトロロ。
写真の中段は「オムライス牛ばら肉の赤ワイン煮ソースがけ」、洋食好きの方はこちら。
写真下段は「江ノ島丼」、サザエの卵とじです。

暑い季節くれぐれも妙なものは口にしないようにしましょう。

http://www7a.biglobe.ne.jp/~kotohebi/

 

夏越祓の茅ノ輪

 投稿者:言蛇  投稿日:2013年 7月23日(火)12時09分36秒
返信・引用
  「白玉の 五百つ集ひを 解きもみず
   我は干しかてぬ 逢はむ日待つに(万葉集2012)」

神奈備さま、こんばんわ。
こちらは「太陽の搭」に日を入れるほどの状況でもなく、なによりです。
夏越祓もちかいので、茅ノ輪をお届けに来ました。
今年の茅ノ輪は鶴峯山八幡宮です。

社名:鶴峯山八幡宮
住所:神奈川県平塚市浅間町1-6
祭神: 應神天応・神功皇后・武内宿禰命
由緒:
仁徳天皇の68年、この地方を襲った大地震に苦しむ人々の様を見かねた天皇が国土安穏を祈り、
應神天皇の御神霊をお祀りされたのが創祀。その後、推古天皇の御代にも大地震があり、人々
を案じられた天皇は「鎮地大神」の御宸筆を捧げて国家安泰を祈願して社殿を造営し、さらに
天武天皇はこの地の税を寄進、文武天皇は宝剣「天晴彦(あめのはるひこ)」を奉納、そして
聖武天皇は相州一国一社の八幡宮(霊場)として法華経を奉納されました。
 寛治元年(西暦1087年)には平塚八幡宮の御分霊を戴いて岐阜県高山市山口に桜ヶ岡八幡神
社として鎮座されました。鎌倉時代以降も源頼朝公が夫人政子の安産を祈願して神馬(白馬)を
献上した等、武人の信仰も篤く、特に徳川家康公は社領を寄進し、慶長年間には自ら参拝し、
伊奈備前守忠次へ命じて社殿が再建。

#写真の青い猫のマスコットは自衛隊神奈川地方総幹部の「はまにゃん」と呼びます。
#れっきとした男の子ですよ?

http://www7a.biglobe.ne.jp/~kotohebi/

 

お化け屋敷

 投稿者:言蛇  投稿日:2013年 7月23日(火)11時53分37秒
返信・引用 編集済
  「阿保山の 桜の花は 今日もかも
  散り乱ふらむ 見る人なしに(万葉集0675)」


仏教寺院に行かれる方がいるので依頼しておきたいのですが、「清姫伝説」の
安珍が現代に蘇って遊び呆けているはずです。見かけた方は言蛇までご一報く
ださい。
 なにぶん今の清姫では返り討ちに遭うのが関の山なので、自分が清姫に現代を教えないとしょうがない(汗
よろしくお願いします。

#神奈備さま、この掲示板はipアドレス表示型にならないのですか?


◆写真は平塚七夕まつりの「お化け屋敷」。
◆帝の「平家追討の勅命」で困った方は、言蛇のルールに従ってお使いください

http://www7a.biglobe.ne.jp/~kotohebi/

 

米軍海兵隊は天皇の軍隊だった。

 投稿者:ねこ  投稿日:2013年 7月22日(月)10時22分41秒
返信・引用
  米軍海兵隊は天皇の軍隊だった。

http://book.geocities.jp/japans_conspiracy/02/p002.html#page14A

それだけではない、「エホバの証人」でもあった。

(仮説を含む)

( http://book.geocities.jp/japans_conspiracy/01/p006.html )
 

Re: 御膳谷

 投稿者:神奈備  投稿日:2013年 7月10日(水)13時46分9秒
返信・引用
  > No.1676[元記事へ]

TAMIさんへのお返事です。

大阪でも、おやま、と言えば、伏見稲荷を指します。
 

御膳谷

 投稿者:TAMI  投稿日:2013年 7月 9日(火)11時28分43秒
返信・引用
  伏見稲荷大社に「御膳谷」というのがあるようですが、

これは何の事なんでしょうか?

稲荷山頂には古墳が相当あったらしいが、これを「神蹟」と言っているようです、

外宮の高倉山にも古墳があるそうですが、

貴人の食事の事?

それにしても、赤い鳥居は、夏向きでないですね。
 

Re: 相撲神社 改築

 投稿者:やさか  投稿日:2013年 7月 9日(火)08時41分10秒
返信・引用
  茨の紀氏さんへのお返事です。

ご意見をお寄せいただき、ありがとうございます。

> 天覧相撲は壮絶な蹴りあいとなり 野見宿禰が当麻蹴速のあばら骨と腰骨を折って 蹴り殺してしまいました。 このあと野見宿禰は天皇に使えて、 皇后の死にあたっては 殉死の変わりに 埴輪を創案したとあります
> 相撲関連?> 「天使とすもうをするヤコブ」

なるほど、そうですね。古代の相撲は格闘技で文字通りの死闘だった。それで必ず死人が出た。
つまり死闘後は葬送の儀が必要になる…そのような所から神事ともつながっていた。
というようなことでしょうか。

それにしても荊の紀氏さんの「世界史掲示板」はスゴイですね。どこまでも濃密に興味深い記事が続いてますね。ホームページは「渡来人の研究」ですか。
これからもよろしくお願いいたします。
 

Re: 相撲神社 改築

 投稿者:茨の紀氏  投稿日:2013年 7月 9日(火)06時56分48秒
返信・引用
  > No.1673[元記事へ]

やさかさんへのお返事です。

> > 相撲は葬儀にかかわる神事だとか言われますが、どんなんでしょうかね。
>
> 「相撲は葬儀にかかわる神事」
> どこかで見たような気もしますが、私は聞いたことがありません。
> どなたかご存知の方がおられましたら、お教えいただければ嬉しいです。

「殉死の変わりに 埴輪・・・」これでしょうか?

天覧相撲は壮絶な蹴りあいとなり 野見宿禰が当麻蹴速のあばら骨と腰骨を折って 蹴り殺してしまいました。 このあと野見宿禰は天皇に使えて、 皇后の死にあたっては 殉死の変わりに 埴輪を創案したとあります。http://blog.livedoor.jp/myacyouen-hitorigoto/tag/%E7%9B%B8%E6%92%B2

相撲関連?
「天使とすもうをするヤコブ」http://8906.teacup.com/toraijin/bbs
 

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