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男明神、女明神 龍野市誉田町

 投稿者:神奈備  投稿日:2013年12月 1日(日)17時08分10秒
返信・引用
  男明神、女明神 龍野市誉田町

 
 

Re: 裸石神社

 投稿者:琉球松  投稿日:2013年11月29日(金)21時18分46秒
返信・引用
   「裸石神社」と「姫石神社」は、ほとんど対の関係のようですね。

 画像に見える散乱した二枚貝は「オオツタノハ(車輪石の原型)」でしょうか、大己貴命誕生の地とのことであれば、キサガイヒメとウムギヒメが大国主神を蘇生させた神話を連想しますね。

 それにしても、これも又立派ですね。
 

Re: 熊野御師の文

 投稿者:しげよあゆみ  投稿日:2013年11月28日(木)23時05分20秒
返信・引用
  > No.1700[元記事へ]

TAMIさんへのお返事です。

> 応永年間に書かれた熊野御師の文らしい、
>
> どなたか読み解いて頂けますか?
 

Re: 熊野御師の文

 投稿者:神奈備  投稿日:2013年11月27日(水)14時17分29秒
返信・引用
  > No.1731[元記事へ]

しげよあゆみさんへのお返事です。

席亭の神奈備です。

手も足も出なかった文の解読、ありがとうございます。文を再掲いたします。


> TAMIさんへのお返事です。
>
> > 応永年間に書かれた熊野御師の文らしい、
> >
> > どなたか読み解いて頂けますか?
>
> これは『熊野那智大社文書 第一 米良文書一』(続群書類従完成会)所収の一九五号文書「旦那売券写」とされているものです。もうすでに翻刻されています。
> 内容は、簡単にいえば、紀州那智山の「鳥居城慶房」が「光音院」下の「光達房」の口入(仲介者)により「下野国浅沼一族一流」の檀那を「尊勝院」から譲り受けたことを、口入をした「光音院円西」と「光達房」が証明したものです。ですから、本当は「旦那売券」ではありません。むしろ証明書に当たるものでしょう。
 

Re: 熊野御師の文

 投稿者:しげよあゆみ  投稿日:2013年11月26日(火)21時06分15秒
返信・引用
  > No.1700[元記事へ]

TAMIさんへのお返事です。

> 応永年間に書かれた熊野御師の文らしい、
>
> どなたか読み解いて頂けますか?

これは『熊野那智大社文書 第一 米良文書一』(続群書類従完成会)所収の一九五号文書「旦那売券写」とされているものです。もうすでに翻刻されています。
内容は、簡単にいえば、紀州那智山の「鳥居城慶房」が「光音院」下の「光達房」の口入(仲介者)により「下野国浅沼一族一流」の檀那を「尊勝院」から譲り受けたことを、口入をした「光音院円西」と「光達房」が証明したものです。ですから、本当は「旦那売券」ではありません。むしろ証明書に当たるものでしょう。
 

裸石神社

 投稿者:神奈備  投稿日:2013年11月25日(月)14時34分23秒
返信・引用
  裸石神社 神戸市西区神出町東

 

Re: 性神紀行

 投稿者:琉球松  投稿日:2013年11月23日(土)09時15分48秒
返信・引用 編集済
  言蛇さんへ

 琉球圏では「立神」や神樹などに注連縄をする伝統はなかったようです。
 まあ、早くから薩摩の影響を受けた奄美や王朝終末期の沖縄&先島は本土の文化をずいぶん取り入れていますから、鳥居も存在しますし、あちこちで注連縄はあるにはありますよ。

 清純な花の画像いいですね。死者達の癒しになりそうですが、喜界島で言う「特攻花」でしょうか?
 琉球列島の海底には日米英朝の兵達が眠っていますね。無事にワダツミの宮にたどり着いたでしょうか。

写真は、琉球國の正史にも記される首里の「内金城御嶽(ウチカナグスクうたき)」です。
 神樹には注連縄はなく、その木の又は女陰とみなされ、さらに御嶽の中心的施設には「鬼の角」が幽閉されているらしい。。。つまりは角(暴力)は子宮によって再生されると言うことなのでしょう。
 写真3枚目の「石敢當(イシガントゥウ)」は魔物をガードするためのもので、中国の武将の名をとっていますが、元々は「ビジュル」や「イビガナシ」などがベースになっているようです。
 本土の皆さんには「サイの神(道祖神?)」に見えるでしょうけど、当たらずともと遠からずだと思いますね。
 神奈備さんの『性神紀行月間?』に呼応して再投稿してみました。
 

Re: 性神紀行

 投稿者:言蛇  投稿日:2013年11月22日(金)13時24分39秒
返信・引用 編集済
  > No.1714[元記事へ]

琉球松さん、こんにちわ。

>
> 写真は、与那国島の「立神」と女性の下腹部を表すとされる墓群

「立神」なんですが与那国島ではこういう御神体に注連縄はしないんでしょうか?
まんまでしたら、それはたぶん荒神の一種になりそうですね。

ちょっと前に蛾を扱う掲示板で沖縄在住のアメリカの工作員らしき人と接触しました。
こんど現れたら、一度殴った上で「お・も・て・な・し」して仲良くしてください。
アドレスはここです(http://www.jpmoth.org/f2bbs/12.html)。
工作員の名前はPatrickです。


写真は注連縄、荒神なら縛ちゃいますよ?ぺし、ぺし♪

「鎌倉の 見越の崎の 岩崩えの
   君が悔ゆべき 心は持たじ(万葉集3365)」

http://www7a.biglobe.ne.jp/~kotohebi/

 

Re: 性神紀行

 投稿者:言蛇  投稿日:2013年11月22日(金)12時28分41秒
返信・引用
  > No.1714[元記事へ]

琉球松さんへのお返事です。

「ふふめりし 花の初めに 来し我れや
   散りなむ後に 都へ行かむ(万葉集4435)」

>
> 写真は、与那国島の「立神」と女性の下腹部を表すとされる墓群

琉球松さん、こんばんわ。
墓に供える花と水を用意しました。
いいんでしょうか?不用心に女性の下腹部を晒してしまって(汗

http://www7a.biglobe.ne.jp/~kotohebi/

 

志賀海神社の陰陽石

 投稿者:言蛇  投稿日:2013年11月21日(木)13時39分58秒
返信・引用 編集済
  「いざ子ども 早く日本へ 大伴の
  御津の浜松 待ち恋ひぬらむ(万葉集0063)」

志賀海神社の陰志賀海神社の陰陽石の一つ。
この陰陽石ならアイアン・メイデンの抱擁にも耐えてアイアン・メイデンを操縦できますね、さすがです。

・・・北九州の防衛にはアイアン・メイデンを配備しよう。


http://www7a.biglobe.ne.jp/~kotohebi/

 

ゴビ砂漠の陰陽石

 投稿者:言蛇  投稿日:2013年11月21日(木)13時24分30秒
返信・引用 編集済
  「ちはやぶる 神代もきかず 竜田川
    からくれなゐに 水くくるとは(古今集294)」

落語の一席ですが、モンゴル・ゴビ砂漠から陰陽石が届いています。
下は恐竜の卵、上はタルボザウルスの化石。
岩戸の奥にいるのはアマテラスではないかもしれない・・・・

というか、天の岩戸にこのように恐竜の卵を産み付けてしまうと・・・
欠史八代のころ、実は帝は爬虫人類だった!
#すこしムーらしくしてみました。

http://www.kahaku.go.jp/exhibitions/ueno/special/2013/daikyoryu/

http://www7a.biglobe.ne.jp/~kotohebi/

 

伊江島の陽岩と陰岩

 投稿者:琉球松  投稿日:2013年11月20日(水)09時47分44秒
返信・引用 編集済
  写真は、通称「伊江島タッチュウ(立神)」と、同島の聖地「ニャーティヤーがま」の裏口。

 故 外間守善は著書『海を渡る神々(角川選書)1999 』で以下のように書いています。
*** (ニャーティヤー)の洞窟内にはビヂルと呼ばれる石のイベガナシがある。イベガナシは、子宝を授かりたいという祈願や、妊婦がおなかの子は男の子か、女の子かのあかしをする祈願所になっている。(略)
 三月の儀式はこの洞窟で村の全神女が参加して行われ、洞窟を出てフサト(富里)とグスク(城)に行列して行く。これはこの洞窟に居た人(海からの渡来人)たちがフサトの先住者たちと合流し、和合する道筋を思わせる儀礼で、島民発祥の歴史にかかわる。***
 

岩屋神社

 投稿者:神奈備  投稿日:2013年11月19日(火)17時27分18秒
返信・引用
  京都市山科区大宅中小路町67

http://kamnavi.jp/as/uda/ugauga.htm

 

幸神社

 投稿者:神奈備  投稿日:2013年11月17日(日)20時08分56秒
返信・引用
  幸神社 京都市上京区寺町通今出川上ル西入ル幸神町

http://kamnavi.jp/as/uda/ugauga.htm

 

TAMIさんへ、替えの服です。

 投稿者:言蛇  投稿日:2013年11月16日(土)12時45分2秒
返信・引用 編集済
  「秋つ葉に にほへる衣 我れは着じ
   君に奉らば 夜も着るがね(万葉集2304)」


TAMIさんへ、とりあえずこの服でも着ていてください。
箪笥を探したのですが、あいにく似合いそうな服がなかったよ。


なにやらタヌキが湧いていますが、風淋堂主人はそのような戦い方をしていたかなあ?

http://www7a.biglobe.ne.jp/~kotohebi/

 

Re: 那覇大綱引き

 投稿者:神奈備  投稿日:2013年11月15日(金)20時18分57秒
返信・引用
  > No.1718[元記事へ]

琉球松さんへのお返事です。

迫力ありますね。神社か御嶽はからんでいないのでしょうか、

玉祖神社 八尾市神立443番地

神社前の楠木にあります。

http://kamnavi.jp/as/uda/ugauga.htm

 

那覇大綱引き

 投稿者:琉球松  投稿日:2013年11月15日(金)10時00分48秒
返信・引用 編集済
  神奈備さん

 綱に関しては負けませんよ~(笑)。
 画像は那覇大綱引きの風景ですが、女綱と男綱を結合させるイカガワシイ棒は「かぬち棒」と呼びます。

 この時ばかりは、米兵も中国人観光客も、宮司さんもクリスチャンも、自民党も共産党も、あるいはライバル会社の面々など、立場を超えて一緒に綱を引きますね。どちらの綱を引こうが関係ない。
 五穀豊穣はもちろんの事、天下太平を目して人々が結ばれる。。。と言えば楽観的すぎるでしょうか。
 

性神紀行

 投稿者:神奈備  投稿日:2013年11月14日(木)19時34分24秒
返信・引用
  素盞嗚神社 奈良県桜井市江包 大西

http://kamnavi.jp/as/uda/ugauga.htm

 

(無題)

 投稿者:神奈備  投稿日:2013年11月12日(火)16時33分1秒
返信・引用
  宇賀神社 奈良県宇陀郡菟田野町宇賀志


http://kamnavi.jp/as/uda/ugauga.htm

 

Re: 性神紀行

 投稿者:神奈備  投稿日:2013年11月11日(月)21時42分54秒
返信・引用
  > No.1714[元記事へ]

琉球松さんへのお返事です。

> 写真は、与那国島の「立神」

見事なものですね。

九日神社 奈良県桜井市芝812 

http://6314.teacup.com/kamnavi/bbs/

 

Re: 性神紀行

 投稿者:琉球松  投稿日:2013年11月11日(月)09時53分57秒
返信・引用 編集済
  神奈備さんへ

 これから「道祖神」とか絡んできそうですね。
 なんか、妙に楽しみです。

写真は、与那国島の「立神」と女性の下腹部を表すとされる墓群
 

性神紀行

 投稿者:神奈備  投稿日:2013年11月10日(日)13時21分55秒
返信・引用
  船山神社 奈良県生駒郡平群町大字三里字船山

http://6314.teacup.com/kamnavi/bbs/

 

Re: 熊野御師の文

 投稿者:言蛇  投稿日:2013年11月 9日(土)14時15分12秒
返信・引用 編集済
  > No.1700[元記事へ]

TAMIさんへのお返事です。

> 応永年間に書かれた熊野御師の文らしい、
>
> どなたか読み解いて頂けますか?

TAMIさまこんにちわ、すっぽんぽんなところ失礼します。

写真の文に関しては自力で読めないのであれば、あなたにはまだその時期ではない
ということでしょう。ネットには古文書ネット(http://www.komonjyo.net/)のよ
うなものもありますし、博物館ではよく古文書入門講座が開かれています。
http://www.pref.kanagawa.jp/cnt/p420959.html
TAMIさんは最近、博物館にいかれていますか?
なんにせよ、古文書についてはネットで読み書き投稿できる場を設ける場が必要でしょうか。

ところでTAMIさまは、武田双雲氏の書とかは見たことがあるでしょうか?


写真は上野動物園のヒグマです。熊を御すならこちらのほうがより確実。

 「荒熊の 棲むといふ師歯迫山
    責めて問ふとも 汝が名は告らじ(万葉集2696) 」  

http://www7a.biglobe.ne.jp/~kotohebi/

 

Re: 長尾神社(編集中)

 投稿者:神奈備  投稿日:2013年11月 3日(日)11時06分0秒
返信・引用
  > No.1710[元記事へ]

言蛇さんへのお返事です。

> 「狩高の 高円山を 高みかも
>   出で来る月の 遅く照るらむ(万葉集981)」

春日野は日の出の場所であると共に月の名所だっとようです。
阿倍仲麻呂の望郷の思いも、ここのおぼろ月だったのでしょう。
 

長尾神社

 投稿者:言蛇  投稿日:2013年11月 2日(土)14時28分0秒
返信・引用 編集済
  「狩高の 高円山を 高みかも
  出で来る月の 遅く照るらむ(万葉集981)」

神奈備さま、こんにちわ。
青草談話室の「藤原氏の方法論」にちなんで、奈良県の長尾神社の写真を掲示さ
せていただきます。この辺り一帯には春日大社の本社旧殿を譲り受けた神社がい
くつもありますね。春日大社遷宮のたびに旧殿を鈴鹿の方角へ寄進(?)してい
るのは、これだけで論文一つになりそうです。

社名:長尾神社
住所:奈良市阪原町1625

祭神:「火漢」速日尊
    (「私は饒速日尊ではない尊」という意味か?)
例祭日:10月17日

由緒記(昭和六十二年十月吉日建立):
当社は奈良市阪原町中村集落の西端、小字林光山に位置し氏神としてこの里を守護し給うている。
御神徳は庶民安楽と五穀豊穣、特に悪霊退散の守り神として人々が恐れる「ウルシ」の生木を箸
にして食べられたことから今も「ウルシ」の箸でお供えをしている。
 鎮守の森に千木高知りて鎮まります本殿は春日大社の本社旧殿を譲り受けたもので昭和三十年
に国の重要文化財に指定されている。
 社地は約400坪を占め入り口に鳥居を配し正面に拝殿、その奥の一段高い社地に本殿を建
て境内社に右手に御霊神社、周囲に末社11社を祀っている。社地の回りを板垣で囲み拝殿前の
広場には右手に座小屋、左手に社務所、中央に能舞台を設けている。
 社宝として能面四面「尉」「白色尉」「延命冠者」「悪相」があり、いずれも室町時代の作と
して奈良県文化財の指定を受けている。なお御霊神社の前には享徳三年(1454年)甲戌四月
「願主清都」寄進の四角形灯篭があり鳥居前には享保元年(一七一六年)丙牛の刻銘入りの手水
鉢がある。神社の周囲に多くの古墳が点在していることからこの地域が早くから開けていたこと
が明らかである。
 恒例の秋の大祭は十月十六日が宵宮祭、十七日が大祭り、十八日が後宮祭りとなっている。
古くは宮座があったが現在は町内六つの垣内から順番に大人二十五名、子ども十二名を斎役と決
め南明寺御旅所へのお渡りをし、おどけたしぐさの神事が奉納される。


写真下は、長尾神社の神武天皇逍遥碑

http://www7a.biglobe.ne.jp/~kotohebi/

 

有鹿神社

 投稿者:言蛇  投稿日:2013年10月27日(日)13時50分47秒
返信・引用 編集済
  「夕されば 小倉の山に 鳴く鹿は
  今夜は鳴かず 寐ねにけらしも(万葉集1511)」

神奈備さまこんにちわ。
横浜市歴史博物館の展示「水へのいのり」で触れられていた有鹿神社です。
この神社、遺跡もふくめると大きなスケールの話が隠れていそうです。纏め
ることができたら有鹿天神社として後日、奉納しましょう。

空では自衛隊の国産哨戒機P-1がひっきりなしに往復するのが見られます。
周辺の田はぶじに稲刈りも終わり藁帽子が歩いています、かわいい(^^)。


住所:(〒243-0434)神奈川県海老名市上郷1丁目4-41
祭神:有鹿明神

「由緒書抜粋」
はるか遠い昔、相模台地は海底の隆起により出現する。有鹿谷の泉を水
源としこれより流れ落ちる鳩川(有鹿河)の流域に人々は居住し有鹿郷
という楽園が形成された。縄文の頃より有鹿の泉は水神信仰されてきた
が弥生の頃より農耕の発展に伴い人々は農耕の安全と豊穣を祈り水引祭
を起こし有鹿大明神と称え有鹿神社を創建した。有鹿谷の奥宮、鳩川中
流座間の中宮、相模川に合流する地の本宮がある。神社の境内は有鹿の
森であり、松なしの森ともいわれる。

奈良平安のころ相模国府は有鹿郷に所在し有鹿神社は延喜式内社随一の
社格を有した。天智天皇三年(664)、初めて祭礼を行い天平勝宝6年、
8年、藤原廣政の社殿の修理と墾田500町歩の寄進を受け貞観11年
(869)従五位上に昇階し永徳元年(1381)正一位の極位となる。明神
大縄(参道)は社人の住む社家を経て寒川に至り一大縄は相模国分寺に
いたる。

*****************************************************************
『有鹿姫の伝説(海老名市hpより抜粋)』

 今から約五百年前、愛川の小沢というところに金子掃部助という武将
がいました。金子掃部助は、関東管領山ノ内上杉家の家来、長尾景春が
起こした戦に加わりましたが、武運つたなく破れ、小沢城を捨てて敗走
しました。この掃部助と奥方の間には、美しい姫君がいました。姫は早
くから有鹿の地、すなわち海老名の河原口に住んでいた郷士の青年と婚
約中で河原口にある海老名館に来ていましたが、「小沢城危うし!」と
いううわさに、急いで小沢に戻りました。しかし、時すでに遅く父は戦
死、母は行方知れずと聞き、すっかり生きる望みを失いました。覚悟を
決めた姫は、見苦しい姿を人目にさらしたくないと、薄化粧をして、ま
だ燃えている小沢城を後に天に向かって手を合わせると、ざぶん!と相
模川に身を投げたのでした。するとどうでしょう。美しかった姫の体は、
たちまち恐ろしい大蛇に変わり、大きくうねりながら下流に向かって泳
ぎ出しました。途中、六倉という所で大きく身震いすると、相模川の水
が舞い上がり、中津の原に大きな水たまりができました。さらに水しぶ
きを上げながら進み、河原口に近ずくと、姫は再び人間の姿に戻り、息
絶えて有鹿神社の裏の河原に打ち上げられました。神社の氏子らは、海
老名の地に嫁ぐ日を夢みていた姫の死を悲しみ、せめてもにと「有鹿姫」
の名を贈り、神社の片隅に、その亡きがらを葬りました。現在、有鹿神
社と有鹿小学校の間には、若くして散った有鹿姫をしのぶ碑が建てられ
ています。
*****************************************************************

http://www6.airnet.ne.jp/manyo/main/

 

Re: 伴林氏神社(ともばやしのうじ)の例大祭

 投稿者:言蛇  投稿日:2013年10月18日(金)13時34分54秒
返信・引用 編集済
  > No.1706[元記事へ]

神奈備様へのお返事です。

> > 数日前に、この神社で「ハヤシライス祭り」として、藤井寺市内の洋食店数件のコックさんに、境内でハヤシライス味の競演祭りをやったらいかがですかと提案させていただきました。
> コックさんに提案との文脈になってしまいましたが。宮司さんにです。

ハヤシライスですかー、あれはカレーより手数が掛かるんで食堂では好まれないんですが
刺激が強くないので神社勤めの人には合いそうですね。伊勢の方の様子ですと甲州の赤ワ
インで煮込んだ肉なら「信玄公の血肉入り」としていっそう喜ばれそうです。成功すると
良いですね。

写真は甲府の雁坂街道に広がる葡萄畑です。


「我が宿の い笹群竹 吹く風の
   音のかそけき この夕かも(万葉集4291)」

http://www7a.biglobe.ne.jp/~kotohebi/

 

Re: 藤森稲荷は伏見稲荷

 投稿者:言蛇  投稿日:2013年10月18日(金)13時09分10秒
返信・引用
  > No.1695[元記事へ]

「吉野川 行く瀬の早み しましくも
   淀むことなく ありこせぬかも(万葉集0119)」

TAMIさん、こんにちわ。
いまは何をしているのでしょうか?

TAMIさんお気に入りの哲学者、梅原猛氏ですがどうやら「泳げない河童」を下の方に
流してしまったようです。TAMIさんには申し訳ありませんが私のほうから梅原猛氏に
軍服の類は下ろせませんのでご容赦ください。それと「河童」を気取らさせるのなら
その者に水泳が現実に出来るかどうか必ず確認するよう願います。

この様子ですとクリスマスにはヤマトタケルの肉が各家庭の料理を飾るのでしょうね。
(「マリアナの七面鳥撃ち」はご存知でしょうか?)

写真は珍しい虎の狛犬です。



http://www7a.biglobe.ne.jp/~kotohebi/

 

Re: 伴林氏神社(ともばやしのうじ)の例大祭

 投稿者:神奈備  投稿日:2013年10月14日(月)19時41分19秒
返信・引用
  > No.1705[元記事へ]

> 数日前に、この神社で「ハヤシライス祭り」として、藤井寺市内の洋食店数件のコックさんに、境内でハヤシライス味の競演祭りをやったらいかがですかと提案させていただきました。
コックさんに提案との文脈になってしまいましたが。宮司さんにです。 
 

伴林氏神社(ともばやしのうじ)の例大祭

 投稿者:神奈備  投稿日:2013年10月13日(日)16時13分8秒
返信・引用
  > No.1704[元記事へ]

言蛇さんへのお返事です。

藤井寺市林に鎮座する伴林氏神社(ともばやしのうじ)の例大祭が行われ、禰宜をされている村山左近さんが神楽を奉納されました。日本最強の武神にささげる神楽らしく力強い威風堂々の舞でした。

数日前に、この神社で「ハヤシライス祭り」として、藤井寺市内の洋食店数件のコックさんに、境内でハヤシライス味の競演祭りをやったらいかがですかと提案させていただきました。  
 

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