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Re: 熊野(ゆや)

 投稿者:神奈備  投稿日:2013年 1月 4日(金)08時48分5秒
返信・引用
  > No.1552[元記事へ]

TAMIさんへのお返事です。

熊野のことでは最初に読んだ本でした。最初の本は影響力が高いのでいいものを選ぶ必要がありますね。
 
 

熊野(ゆや)

 投稿者:TAMI  投稿日:2013年 1月 2日(水)20時48分49秒
返信・引用
  あけましておめでとうございます。

新年そうそう、熊野(ゆや)

以上、

 

謹賀新年

 投稿者:神奈備  投稿日:2013年 1月 1日(火)09時40分18秒
返信・引用
  あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。  

Re: 若太陽を迎える琉球の神事

 投稿者:琉球松  投稿日:2012年12月26日(水)09時41分52秒
返信・引用
   神奈備さんへ

 行政や観光業界の都合でこの日となっています。
 本来は冬至の翌日との事で、琉球圏のあちこちで行われていますよ。

写真は、イベント風景
 

Re: 若太陽を迎える琉球の神事

 投稿者:神奈備  投稿日:2012年12月24日(月)14時13分59秒
返信・引用
  > No.1548[元記事へ]

琉球松さんへのお返事です。
>  主催者による開会のあいさつの開口一番が「明けましておめでとうございます」が印象的でした。
>

冬至は21日、近い日曜日にということでしょうか。
 

若太陽を迎える琉球の神事

 投稿者:琉球松  投稿日:2012年12月23日(日)11時28分16秒
返信・引用
   今朝、世界遺産「中城グスク」で同共同管理協議会主催による「わかてだを見る集い」に参加して来ました。

 本来は冬至の翌日の太陽を「わかてだ」と称し、各地のノロ達によって拝まれていたようです。
 今回は、あいにくの天気で朝日(7:13)は拝めなかったのですが、神女に扮した首里クエーナ保存会の皆さんの拝みは神事に相応しい感動的なシーンでした。晴れていれば久高島と津堅島の間から上がるそうです。

 クエーナは王朝時代の首里のものらしく、さほど古い神歌ではありませんでした。
 欲を言えば、「大城(ウフグシク)」部落管轄ノロの、そして奄美沖縄各地のより伝統的なものであればなおイイと思いましたね。喜界島~与那国島に至る全琉球的なイベントになれば最高です。

 主催者による開会のあいさつの開口一番が「明けましておめでとうございます」が印象的でした。

画像は、同パンフレット
 

修験道

 投稿者:TAMI  投稿日:2012年12月20日(木)01時11分33秒
返信・引用
  神仏混淆といわれているようですが、仏教ですね。

日本の民族宗教(死霊・祖霊)から、

修験道の教義では、修験者は本来仏性をもっている。それゆえ修行によってこの仏性をめざめさせるなら、生きながら仏になることができると説かれている。

漢字の勉強には最適です、

以前、便所神「ウスサマ」というのがありまして、正体がよく判らなかった、の、ですが、

烏枢沙摩明王という記述がありました、この便所神は修験が持ち込んだものでしょうか?

著者は、五来重を若干批判的にみているようです(ライバル?)321P、

辞書を見ながら大変です。


 

那智大社が式内社でない理由

 投稿者:TAMI  投稿日:2012年12月15日(土)12時49分36秒
返信・引用
  いぜん、何かで、那智大社は式内社でない、理由は、那智大社はお寺と認識されていた、という

ような事だった。

ところが、

「熊野神話と熊野神道」五来重

に、『延喜式』神名帳に「熊野速玉神社」とあるのは、那智と新宮は一社とあつかわれたもの

で、「本宮」の「熊野坐神社」と合わせて両所権現であった。

とあります。

そこで、

玄松子さんの「那智大社」で確認しました。


「熊野神邑」。平安初期まで新宮の速玉大神と那智の結大神は
二社一所に祀られ、神倉山麓を「神邑」と呼ばれた。
それに対し、那智は「仏邑」であった。
式内社でないのは、そのためだろうか。

と解説されています、

すばらしいですね。
 

Re: ペトラにて

 投稿者:神奈備  投稿日:2012年12月14日(金)12時36分39秒
返信・引用
  > No.1544[元記事へ]

KAGさんへのお返事です。

> 聖地なのかどうか? しりませんが、神殿だったようなので、とりあえず投稿します。
> 通常の観光ルートを避けて、岩山を乗り越え、乗り越えて入ってみました。
> 途中で壮大な景色が広がっていましたが、観光客には危険なのでお勧めしません。

ありがとうございます。
ヨルダンですね。
危険地帯には気をつけてくださいね。
 

ペトラにて

 投稿者:KAG  投稿日:2012年12月14日(金)02時48分52秒
返信・引用
  聖地なのかどうか? しりませんが、神殿だったようなので、とりあえず投稿します。
通常の観光ルートを避けて、岩山を乗り越え、乗り越えて入ってみました。
途中で壮大な景色が広がっていましたが、観光客には危険なのでお勧めしません。
 

現実逃避ですね・・・あなた方はまつろわぬ民の亡霊にやられてこの世から消えうせろ・・・

 投稿者:・・・・・・  投稿日:2012年12月13日(木)20時34分5秒
返信・引用
  none  

Re: 無視ですか・・・

 投稿者:神奈備  投稿日:2012年12月13日(木)12時45分38秒
返信・引用
  > No.1540[元記事へ]

荒客人さんへのお返事です。

「東日流外三郡誌」は 偽書です。これをベースに何かを論じるつもりはありません。無視です。
 

Re: 渕名神社(元熊野神社)

 投稿者:TAMI  投稿日:2012年12月13日(木)07時43分53秒
返信・引用
  > No.1531[元記事へ]

> その”投げ出された御神体”とは、一体なんなのでしょうか?

新宮の速玉大社にのこる奉加帳の平氏はおそらく鎌倉の武士団一族で、

熊野信仰が同族集団の武運長久をいのるものの多かったことをしめしている。

その結果熊野社を氏神として勧請し、その武士団が解体したり滅亡したりしたのちは、

村落の鎮守神として奉斎されている場合がすくなくない。

このような熊野社には ”神体として三山の本地仏を懸仏としてまつり、これを御正体という”。

「熊野詣」より


どうやら、カラスに夢中になり、本地仏のことを忘れていました。

本宮=阿弥陀如来

早玉=薬師如来

那智=千手観音

懸仏が御神体(御正体)と祀られていたかも知れません、

そこで、神仏分離の動きに合わせて、排除となったのではないでしょうか。

写真は、熊野三所権現の懸仏です。
 

Re: 無視ですか・・・

 投稿者:荒客人  投稿日:2012年12月13日(木)05時46分11秒
返信・引用
  神奈備さんへのお返事です。

> 荒客人さんへのお返事です。
>
> > そんなに私の記事がきにいらないのならば下の記事を削除してください。
> > どうせあなた方には「三位一体」の本当の意味や弥勒出現を祈りたい蝦夷族の気持ちなどわからないでしょうね。
> > 千里天神(上新田天神社)のマンション問題のことも無関心のようですし・・・。
> > 滅法の世かな・・・。
>
>
> あれだけの内容の書き込みに対して24時間以内に応答をしないと、
>
> > どうせあなた方には「三位一体」の本当の意味や弥勒出現を祈りたい蝦夷族の気持ちなどわからないでしょうね。
>
>
> このような非難をするのですね。
> はい、わかりません。

本当の「三位一体」とは過去・現在・未来の三世を生きとし生ける衆生皆が振り返り後先のことをわきまえず皆が平等利益のために互いが支えあい助け合って生きる事じゃないんでしょうかね。

アラハバキ神の事を秘密裏に伝承してきた「東日流外三郡誌」は荒吐族は天・地・水の三神を祀り権力・権勢やエゴ・大金で国を動かそうとする精神ではなく「衆生の立場から皆を支えあって不平不満を募らせる事のない支えあう統治」を志した。そこには貴族社会や貴族院も存在しない堺市や平野区の「環濠地区」ならではの「縦の努力」だけでなく横の水平目線でわれさきなだけでなく貧民を憂い・哀れみ・助け合わなくてはならない「横の努力」をも互いが支えあった。
「縦の努力」「横の努力」「斜めの努力」・・・これらは「過去・現在・未来」を互いが考え合って支えあって初めてなしえられる「理想の自然共生社会」なんじゃないのでしょうかね。

高度文明化した日本社会ではもはや「文明を捨てろ」などとはもうさないが「文明をうまく利用し文明そのものを自然共生にうまくいかす」簡単な事ではないがそれこそが日本神道界を生きる私たちの新しいめざす道なのではないでしょうか。

坂本龍馬もしかりアテルイ・モレもしかり星を信仰するものは「まつろわぬ民」として非難されたが本来はそれはあやまりで万民共通とは申せずとも同じ日本「和」の国に生きるものが密教で言う「重々帯網」(一つの神仏はシナプスのように大宇宙の遍満する星星ひとつは本来は一つの生命でありそれは目に見えぬ「絆」で本来は結ばれている)とおっしゃられた弘法大師の教義を神道にこそ本来、見つめなおさなければならないと私は重々に訴えたいのです。

でなければ千里天神のマンション景観問題のように縦の努力だけで高度文明化した土地自権者のかってな判断で竹林・松林をあっけなく近鉄不動産にあけわたしその挙句に荒廃化しきった無残な姿となってしまうのです。

あなた方もこんな言い方はしたくないのですが「神社をたく」でなければこの精神にこそ本来としてたちかえるべきでそれこそが「本当のアセンション」であり「弥勒の世」だという事を吉野山の「三位一体金剛蔵王大権現」さまの本誓でありアラハバキ神の本誓と皆が理解しあわければならないことであり妙見信仰もしかりであり万物の祖である「祖霊信仰」に対してもその精神を誓う事を本誓とすることがもっとも大切なんじゃないでしょうか。
 

Re: 無視ですか・・・

 投稿者:神奈備  投稿日:2012年12月12日(水)19時24分50秒
返信・引用
  > No.1538[元記事へ]

荒客人さんへのお返事です。

> そんなに私の記事がきにいらないのならば下の記事を削除してください。
> どうせあなた方には「三位一体」の本当の意味や弥勒出現を祈りたい蝦夷族の気持ちなどわからないでしょうね。
> 千里天神(上新田天神社)のマンション問題のことも無関心のようですし・・・。
> 滅法の世かな・・・。


あれだけの内容の書き込みに対して24時間以内に応答をしないと、

> どうせあなた方には「三位一体」の本当の意味や弥勒出現を祈りたい蝦夷族の気持ちなどわからないでしょうね。


このような非難をするのですね。
はい、わかりません。
 

無視ですか・・・

 投稿者:荒客人  投稿日:2012年12月12日(水)18時48分47秒
返信・引用
  そんなに私の記事がきにいらないのならば下の記事を削除してください。
どうせあなた方には「三位一体」の本当の意味や弥勒出現を祈りたい蝦夷族の気持ちなどわからないでしょうね。
千里天神(上新田天神社)のマンション問題のことも無関心のようですし・・・。
滅法の世かな・・・。
 

Re: 「死者の国の烏」

 投稿者:神奈備  投稿日:2012年12月12日(水)09時51分0秒
返信・引用
  > No.1536[元記事へ]

TAMIさんへのお返事です。

> www.asahi-net.or.jp/~xx8f-ishr/yatagarasu.htm(ヤタガラスの足は果たして三本か?)
>
> 詳細に調べたようです。
>
> この辺が、正解ではと、思います。
>
良いサイトがありました。ありがとうございます。
 

Re: 「死者の国の烏」

 投稿者:TAMI  投稿日:2012年12月12日(水)07時36分51秒
返信・引用
  > No.1533[元記事へ]

神奈備さんへのお返事です。

>> 熊野の烏は八咫烏ですが、この烏の足を三本と云う方が多いですが、五来先生はまさか三本とはしていないと思いますが・・・・。

虚構新聞というのに「三本脚のヤタガラス」というのがありました(写真)。

島根県立「出雲産業大学」が捕獲、四本脚のヤタガラスを見つけて、交配して・・・・。

www.asahi-net.or.jp/~xx8f-ishr/yatagarasu.htm(ヤタガラスの足は果たして三本か?)

詳細に調べたようです。

この辺が、正解ではと、思います。

因みに、

五来先生は、三本足にはまったくコメントしておりません。

後の世に誰かの都合で流布されたものではないでしょうか?
 

先ほどのリンクの件で・・・

 投稿者:荒客人  投稿日:2012年12月11日(火)19時00分57秒
返信・引用
  仲村神社と石切神社とを結ぶ「ペンタクロス」記述についてのリンク先が途切れてしまいましたので再度、ここにアップします。
http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:http://blogs.dion.ne.jp/pentacross/archives/10504856.html
 

東大阪市菱江「仲村神社」・アラハバキ信仰の形跡が・・・

 投稿者:荒客人  投稿日:2012年12月11日(火)18時49分40秒
返信・引用
  地元ではこうは呼ばれていませんが私はこう呼称されてもおかしくないほど妙見信仰や「アラハバキ信仰」とも縁があるのではないかと思われる東大阪市「荒」本周辺の「春日若宮神社」「横枕春日神社」と数々の霊験と不思議な事が隠されている「仲村連」の祖神「アメノコゴトムスビノミコト」が祀られているという「仲村神社」に参詣しました。

『仲村神社』:延喜式内社。祭神は己己都牟須比命(興台産霊命)。延喜式神名帳に「河内の国、若江郷、中村神社」とあり千年を越える古い歴史を持ち、その創立は当社の御祭神より分かれた藤原氏、中臣氏と並ぶ「中村連氏族」によって氏神として奉斎せられたことに始まり、近世には「菱江村」の氏神様となり、当時流行していた疱瘡(天然痘)の病魔退散の神として又、身体健康、家内安全を守る神として近郷近在は勿論、遠くは京都、阿波の徳島、淡路の庶民より崇敬され、上は朝廷藩主の信仰にも接し、その霊験も大なるものがあった

『菱澤池』(ひしさわいけ):菱江仲村神社は、往古より疱瘡除けの神として中河内郡誌にも「疱瘡を病めるもの祈れば験ありと称して参詣するもの多し」とあり江戸時代には信仰を集めました。その祈願をするとき必ず禊をしたと言ふ、大和川に入り斎戒沐浴を行いそのうえ川瀬祓を行った。そして社殿の軒下の雨垂れの砂を頂き、これを袋に入れて腰に下げお守りとした。ところが、大和川が付け替えられて流れがなくなり、その後は境内に現在の池(菱澤池)に入り禊をして澤邊祓を奉仕したとされる。

またこの神社はここにかかれているように石切神社の遥拝所としてのレイラインに密接な関係があるのです。(http://blogs.dion.ne.jp/pentacross/archives/10504856.html)
これらの関係からこの神社は「ツボケ・アソベ族」に近い一族が「アラハバキ信仰」を持ち寄った可能性も示唆されるのです。それは菱江など「江」の地名が多いということから水に関する信仰が根付いていた事や隣に「荒本」という地名がありここが「枚岡神社荒本庄」(ジャパンナレッジから)の領地であったことなどからも関連付けられます。

例えば「横枕春日神社」には「大宮姫之神」が祀られておりここが神呪の「アラハバキ・イシカ(星宿)・ホノリ(土)・ガコ(水)・カムイ」の「ガコ(水)」であり仲村神社が「ホノリ(土)」であり若宮神社が「イシカ(星宿」であれば若宮神社のご祭神「アメノオシクモネ神」が「天子」であり弥勒の化身であることからこれらは「三位一体」の神であることもこじつけになってしまうかもしれませんが一説にはかんがえられないでしょうか。(若宮神社の北側には「役行者さま」や「石地蔵」が祀られております)

この地域は天神地祇への信仰が根付いており今時の自治体では珍しく町のあちこちに「自治体連絡掲示板」があって様々な意見情報交換や神社への奉納への謝礼などが掲示してありこの地域の治安が信仰によって保たれている側面さえもうかがわせている事に「神武天皇」或いは「物部氏」の末裔らしき一族の精神が息づいている気がしました。
 

Re: 「死者の国の烏」

 投稿者:神奈備  投稿日:2012年12月11日(火)10時06分56秒
返信・引用
  > No.1532[元記事へ]

TAMIさんへのお返事です。

> このカラスの説明は判りやすいです。
>
> 死者の国の烏(熊野詣・五来重35P~62P)
>
ありがとうございます。

熊野の烏は八咫烏ですが、この烏の足を三本と云う方が多いですが、五来先生はまさか三本とはしていないと思いますが・・・・。
 

「死者の国の烏」

 投稿者:TAMI  投稿日:2012年12月10日(月)17時06分28秒
返信・引用
  このカラスの説明は判りやすいです。

死者の国の烏(熊野詣・五来重35P~62P)

 いまでは墓にまつわる死霊の浄化されたものが、寺でまつる祖霊であり、祖霊の昇華したものが神霊として神社にまつられたという霊魂昇華説は、民俗学や宗教学ではうたがうもののない仮説である。江戸時代の偏狭な国粋主義神道学者が、死霊、祖霊をまつる仏教と、神霊のみをまつる惟神道とを截然とわけたために、常識的にはこの昇華説はうけいれられていない。しかし山の神・田の神・火の神・地神・屋敷神・柴神・ヤボサ神・小一郎神などの低級な叢祠には死霊から祖霊、神霊への中間段階民俗信仰が色濃くのこっている。

 熊野九十九王子がそうした叢祠であることはあきらかであるが、本宮・新宮・
那智の三山といえども大いなる叢祠であって、民衆の支持をうける理由もそこにあり、三山信仰と烏の謎をとく鍵の一つが、霊魂昇華説であることはうたがう余地はない。すなわちまだ昇華しきれない段階の霊魂は、烏の姿で他界と現世を去来するという観念から、烏をシトギで饗することがミサキとしての霊魂の祭りであった時代があった、と想定できる。ところが論理的な神道が確立すると、烏は神使の地位に後退し、そのミサキ的性格は庶民信仰や民族信仰にだけ保存されることになったのである。

(熊野詣・五来重40~41ページより)
 

渕名神社(元熊野神社)

 投稿者:TAMI  投稿日:2012年12月 9日(日)09時06分24秒
返信・引用 編集済
  社務所の屋根と下屋の修理中

この神社の元は”熊野神社”とのこと、

ところが、明治初年(多分神仏分離令)に、御神体を放り投げられたらしい(境内に説明)、

熊野神社といえば、熊野三山、神仏習合修験の地

その”投げ出された御神体”とは、一体なんなのでしょうか?

まさか、ヤタガラスでは?

「熊野神社」

上淵名(いま淵名神社)祭神 須佐之男尊

淵名神社になって「保食命」

(1)奈良時代に創建されたと伝う 鎌倉時代に至り豪族

  淵名大夫光行の崇敬が篤く氏神として祭祀した。
戦国時代に一時社殿が荒廃したが郷民の崇敬によって修復され
古来より十二月二十九日に例祭が営まれた。
明治に至るまでの境内に目通り十六尺の大銀杏があり
婦人がこの樹皮を用いると乳がよく出るといわれて奉賓が盛んであった
今の此の地を字銀杏というのはその為である。

(2)昔、上淵名の鎮守は飯玉大明神であった。

村の東南方淵名から東新井に通じる道端にあったが
明治に熊野神社に合祀して淵名神社と改めた。
いま、淵名神社の御神体は飯玉大明神の御神体を納めるもので
古来からあった熊野神社の御神体はこの時放り出されてしまい
大家が店子に追い出された形となった。
天保年間、村内にあった神社は村の西方に「金山大権現萬蔵」、東に「赤城神社」
もと長命寺前に「諏訪神社」、南方に「神明宮」、
横町に「天神様萬蔵東」と「比丘尼塚」、阿弥陀山に「稲荷神社」があったが
明治に淵名神社に合祀された。
(境内東案内板)


●渕名神社(ふちなじんじゃ)
群馬県伊勢崎市(佐波郡境町)境上渕名993
旧上野国 佐位郡    伊勢崎佐波支部 14049
【祭神】保食命 (配祀)奇御木野命 大己貴命 大日ルメ命 金山彦命 倉稻魂命 大山祇命 迦具土命 健御名方命 素盞嗚命 菅原道眞 譽田別命 木花咲耶姫命


 

「下谷稲荷」

 投稿者:TAMI  投稿日:2012年12月 9日(日)08時49分23秒
返信・引用
  下谷神社(通称下谷稲荷)

上野に近い下谷、

落語に登場、

貧乏の 棒も次第に太くなり 振り回せぬ年の暮かな

貧乏を しても下谷の長者町 上野の鐘の唸るのを聞く

貧乏を してもこの家に風情あり 質の流れに借金の山

付近には仏壇屋がひしめいています。

そんな所です。
 

「神田明神」

 投稿者:TAMI  投稿日:2012年12月 9日(日)08時40分0秒
返信・引用
  神田神社(通称神田明神)

”明神下の銭形平次”で有名?

いずれ祭神になるのでしょうか?

立派ですね。
 

「湯島天神」

 投稿者:TAMI  投稿日:2012年12月 9日(日)08時32分58秒
返信・引用
  湯島神社(通称湯島天神)

白梅商店会というのが隣接しています。
鳶の半纏を着た人、多数降りてきました、

”湯島の白梅”御利益です。
 

「明治神宮」

 投稿者:TAMI  投稿日:2012年12月 9日(日)08時07分48秒
返信・引用
  流石、明治神宮です。

”カラスは仏さまが好きではない”江戸時代、九州の平戸藩の隠居の松浦静山があつめた巷の
こぼればなしの宝庫「甲子夜話」に出ている、とのこと。

天皇とカラスは縁が深い?
丸丸としたカラス、
杜と烏は雰囲気があるようです。
 

「アメ横の猫」

 投稿者:TAMI  投稿日:2012年12月 7日(金)21時23分36秒
返信・引用
  年の暮のアメ横

マリシテンの横のお店の「猫」、

ありがたい様な風情です。
 

Re: 「熊野詣 三山信仰と文化」

 投稿者:神奈備  投稿日:2012年12月 1日(土)08時04分57秒
返信・引用
  > No.1523[元記事へ]

TAMIさんへのお返事です。

> ~那智は海と山を股にかけた欲のふかい霊場である。
> そのうえ那智は本宮と新宮にみられなかった、神道と
> 仏教を股にかけた欲のふかさ、この相反する絶対矛盾
> を自己同一した弁証法が、わかったようで、わからない
> 那智の魅力である。
>
> 「五来重」流石熊野研究の第一人者、わかったようで、わからない、足と脚で歩くのが一番、
> 大変判りやすいです、

これは面白そうな本ですね。早速読んでみます。
 

内金城御嶽

 投稿者:琉球松  投稿日:2012年11月30日(金)13時19分25秒
返信・引用 編集済
   沖縄島首里城近くの「ウチカナグスクウタキ」のご紹介です。

 大小2つの拝所を中心とした聖地で、旧暦12月8日の「鬼餅由来」と関わる空間です。
 日本本土の「事八日(12/8、2/8)」においては、鬼が闊歩する恐ろしい日とされていますが、琉球圏における鬼はホト(女性性器)の呪力によって退治され、小嶽には「鬼の角」が幽閉されていて金属神(蛇?)の復活を阻止しています。

 この、鬼に関する説話は奈良の「三輪山伝説」や、イザナギ&イザナミの対立、仏教の羅刹女などとセットで考えると面白いです。
 

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